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1パーセントあれば地球を再生できる──レストランと農家のリジェネレイティブ・シフトを支援する【The Regenerative Company:Zero Foodprint】

    リジェネレイティブアグリカルチャーを牽引する世界各国の企業を紹介し、その実践の最前線を伝えていく連載「The Regenerative Company」。第四回は、レストランの売り上げの1パーセントを原資に、農家がリジェネレイティブアグリカルチャーに切り替えるための援助をする非営利団体「Zero Foodprint」の取り組みについて。

    本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。

     

    2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。

     

    ▷GRAZE GATHERINGの詳細・お申し込みはこちらから

    https://www.utopiaagriculture.com/products/graze-gathering/

    1パーセントあれば地球を再生できる(All it takes is 1% to Restore the Planet)──これが、食のサステナビリティに取り組むアメリカの非営利団体「Zero Foodprint」の合言葉です。

    「レストランが排出する炭素を相殺(オフセット)するために必要な資金は、平均して売り上げの1パーセントである」という独自の調査から生まれたこの言葉を旗印に、Zero Foodprintは「Restore」と呼ばれる環境再生プログラムを運営しています。

    これは、レストランが売り上げの1パーセントをZero Foodprintに送り、Zero Foodprintはその資金を農家がリジェネレイティブアグリカルチャー(環境再生型農業)に切り替えるための援助にあてるというものです。

    現在同社のプログラムに参加しているレストランやフードビジネスは100近くにのぼり、さらに30以上の店舗が現在参加に向けて動いています。こうしたレストランからの資金やその他の援助などで集まった資金を使い、Zero Foodprintは2020年から現在までに31軒の農家に、55万ドル(約7,476万円)以上の助成金を給付してきたといいます(「Restore」プログラムはカーボンオフセットのプログラムではありません。それぞれのレストランが排出する正確な炭素排出量を測り、それと同額の炭素クレジットを購入しているわけではないからです。ただし、Zero Foodprintは希望するレストランに第三者機関による監査とカーボンクレジットの購入も提供しています)。

    Zero Foodprintのプログラムの参加企業で、ニューヨークにあるイベント会場Glynwood Eventのイベントマネージャーであるアシュリー・レイサムは、「私たちはすでにサステナブルな取り組みを行なっていますが、Zero Foodprintとの提携などによってさらなる改善を図っています」と話します。Glynwood Eventの利用目的のひとつである結婚式は概して多くの廃棄物を生むので、環境に配慮した同社の取り組みは利用者からの関心も高いといいます。「お客様は環境に対して深い配慮を見せています。結婚式はふたりの人生の始まりを祝うイベントであり、だからこそ責任をもって行ないたいと考えているのです」

    いまあるシステムの中で“最善の選択肢”を

    Zero Foodprintの創設は2015年。創設者のアンソニー・ミントとカレン・レイボヴィッツ夫妻は、タコスの屋台を借りて始めたアジア風サンドイッチのフードトラックを、サンフランシスコのポップアップストア、さらにはニューヨークにも店を構えるアジアレストラン「Mission Chinese Food」にまで成長させた敏腕シェフ兼経営者です。ふたりの著書『Mission Street Food』は米国でベストセラーとなり、レストランは3時間待ちの列ができるほど人気を博しました。

    そんなふたりが食と気候変動の関係に関心をもったきっかけは、娘の誕生でした。幼い子どもの将来を憂いたふたりは、食が地球に与える影響を少しでも抑えようと、サステナビリティをコンセプトにしたレストラン「The Perennial」をオープンします。

    その内容はかなり実験的なものでした。床のタイルはリサイクル品で、氷の使用は最小限。紙のメニューは堆肥化され、ミミズの餌となり、ミミズはやがて魚の餌となり、アンモニアを含んだ魚の排泄物はレタスやエディブルフラワーの肥料となるという徹底ぶりです。生産過程で多くの温室効果ガスが発生することで有名な牛肉は、リジェネレイティブアグリカルチャーを実践するマリン郡の牧場と提携して調達しました。

    しかし、やがてふたりは自分たちの取り組みだけで起こせる変化に限界を感じ始めます。代わりにふたりが考えたのが、フードシステムそのものを変えられる方法でした。

    「言うまでもないことですが、シェフやレストランは多忙であり数時間、数週間先のことを考えるのが精一杯です。20年先のことを見通すことはしないでしょう」と、ミントは飲食店経営者向けの雑誌『FSR magazine』のインタビューで振り返ります

    「自分の客、そして地球に対して最良のことをしようとは考えていても『フードシステム全体を変えよう』『食べ物の生産方法を変えよう』なんて考える人はほぼいないのです。みな、いまあるシステムの中で“最善の選択肢”は何かを考えています」。ならば、最良の選択肢を増やせばいい──ふたりはThe Perennialを閉店し、代わりにZero Foodprintを設立しました。

    最初のクライアントは「Noma」

    Zero Foodprintの挑戦はコンサルティング事業から始まりました。監査によってレストランが排出する温室効果ガスの量を算出し、それを削減するためのアドバイスやカーボンクレジット購入の仲介を提供したのです。

    最初のクライアントはデンマークを代表するレストランである「Noma」でした(ただし、もともと環境問題を意識した経営をしていたNomaにはあまり改善すべき点がなく、火力発電による電力を持続可能なエネルギーに変えたことで排出量をほぼゼロに近づけたといいます)。

    そして、主にレストランを対象にコンサルタントを続けてきた結果として生まれたのが、「レストランが排出する炭素を相殺(オフセット)するために必要な資金は、平均して売り上げの1パーセントである」という冒頭の方程式でした。この方程式をもとに、Zero Foodprintの「Restore」プログラムが始まります。

    「食卓から農場へ(Table To Farm)」

    食が気候変動に与える影響を大幅に削減すると期待されるリジェネレイティブアグリカルチャーは、従来の生産方法からの移行にコストがかかることが難点です。こうした移行のために独自の助成金を出す州もありますが、それだけでは足りないことも多いといいます。

    例えば、カリフォルニア州で農家を営むヘイゼル・フレットは、土壌回復の取り組みに助成金を出す州のプログラム「Healthy Soils Program」に応募したものの、受け取った資金が「予想以上に早く資金が尽きてしまい、残念な結果になりました」と振り返っています。さらに、最近では干ばつや火災、猛暑といった気候変動の影響で農家が経済的な打撃を受けています。

    そこでZero Foodprintは、ビジネス(レストランや食料品店など)の売り上げの1パーセントを受取、それをリジェネレイティブアグリカルチャーの支援に使っているのです。この助成金を、農家たちは堆肥の活用や被覆作物の導入に役立てています。

    「『Restore』プログラムは、土壌を健康な状態に戻す手助けをしてくれました」そう話すのは、カリフォルニアで牧場を営むダニエル・テオバルドです。「これは普通の市場原理で対処できるものではありませんでした。土壌のように長期的な解決策を講じる必要があるものに対しては、最初のキックスタートが必要になるのです」

    Zero Foodprintはこの取り組みを、「農場から食卓へ(Farm To Table)」を逆流する「食卓から農場へ(Table To Farm)」の支援と呼んでいます。これは、ミントとレイボヴィッツが以前から感じていた限界を打破するものでした。

    The Perennialについて、ミントはこう振り返ります。「私たちは人々が楽観的な解決策に心躍らせ、『食のテスラ』のために列をなすと思ったんです」。しかし、余分なお金を払ってまで普段の食習慣から「食のテスラ」に乗り換える人は多くありませんでした。ならば、消費者が普段利用するファストフード店や有名なレストランがサステナブルな食システムのために売り上げの一部を提供するほうが、システム全体を変えるための”最善の選択肢”になるのではないかと、ふたりは考えたのです。

    「1%」という数字の有効性

    「Restore」プログラムが打ち出している1%という数字は、レストランというミクロな視点だけでなく、地球規模のマクロの視点で見ても理にかなうものだとZero Foodprintは書いています。例えば、2017年に世界22カ国の科学者たちが100の気候ソリューションを分析した「Project Drawdown」では、世界中でソリューションを実施した場合のコストを年間27テラドルと試算しました。これは、世界経済の約0.98%に相当します。

    また、1%という数字は社会貢献の文脈でよく目にする数字でもあります。パタゴニアの創業者らが始めた「1% for the Planet」や、Salesforceの創業者マーク・ベニオフの「Pledge 1%」、日本では経団連による「1%クラブ」など、「1%を社会や環境に貢献する活動に使う」という試みはこれまでも続けられてきました。

    さらに、1%という数字は消費者の心理的な障壁が少ないのだとミントは言います。Zero Foodprintのプログラムに参加しているレストランは、Restoreプロジェクトのために料金を1%上乗せして提示することになります。このとき、客にはこの1%の追加料金を拒否するという選択肢もありますが、そうした追加の料金を消費者はさほど気にしないというのがミントの考えです。

    「社会学や行動経済学の多くの研究では、オプションをわざわざ選ぶ人も少ない一方、最初からついていたオプションをわざわざ外す人も少ないということがわかっています。みなデフォルトの選択肢を選ぶのです。例えばビールに5セントの税金がついていたとして、それを理由にビールを飲まない人はいない、ということと似ていると思います」

    「米国の料理界のアカデミー賞」にも選出

    Zero Foodprintが2020年頭にカリフォルニア州食料農業部(CDFA)およびカリフォルニア州大気資源局(CARB)と共に始めた「Restore」プロジェクトは、これまでで55万ドル(約7,476万円)以上の助成金を農家に給付しました。同年位は「米国の料理界のアカデミー賞」とも言われるジェームズ・ビアード賞の「Humanitarian of the Year(年間最優秀人道支援賞)」にも選出されています。

    ここで特筆すべきは、このプログラムの始まりとほぼ同時期に新型コロナウイルスの感染拡大が始まっていることです。2020年に全米レストラン教会が発表したデータによると、パンデミックによりアメリカのレストランの6分の1は閉店に追い込まれています。

    ミントとレイボヴィッツが経営していた「Mission Chinese」のニューヨーク支店もまた、新型コロナウイルスの影響で閉店を余儀なくされました(サンフランシスコ店はフードデリバリーで生き残ったといいます)。

    そうした影響にも関わらず農家への支援を広げたZero Foodprintの取り組みは、今後もさらに規模を大きくする可能性を秘めていると言えるでしょう。ミントは言います。「消費者や市民の大多数は気候変動対策を望んでいます。Zero Foodprintのプログラムはそれを可能にし、同時に地域のフードシステムをより強靭で豊かなものにするものなのです」

    現在小規模なチェーン店や個人店がメンバーとなっているZero Foodprintですが、今後はシェイクシャックやチポトルといったファストフード店を巻き込んでいきたいとミントは考えています。そうした企業が参加してくれれば、これが次のニューノーマルなのだという証明になるからです。

    「シェイクシャックやチポトルは大企業なので、自分たちで同じことをしようと思えばできてしまうでしょう。そうなれば素晴らしいことです。しかし、企業たちはまだその点まで至っていません」とミントは話します

    「General Millsのような一部の大手食品会社はすでに農家がリジェネレイティブアグリカルチャーに移行するための資金援助をしていますが、フードサービス業はそうした行動を起こしていません。だからこそ、これが次のトレンドになるべきだと思っています。これが慈善事業ではなく、食糧システムを変えるための行動だと示すのにも役立っていくでしょう」


    文・川鍋明日香

    ライター、編集者、翻訳者。雑誌編集部所属の後、2017年の渡独を機に独立。『WIRED』日本版や『VOGUE JAPAN』を始めとする様々なメディアで、テクノロジーからカルチャー、ビジネス、社会問題まで幅広いテーマについて取材・執筆している。最近家族のなかでビーガン餃子が流行中。