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4つの視点から考える 「放牧」がもつポテンシャル

    「放牧酪農のメリットってそもそも何ですか?」皆さんのそんな疑問に答えるべく、「持続可能性」「アニマルウェルフェア」「美味しさ/健康」「地域再生」の4つの視点から「放牧」がもつポテンシャルについて考えていきます。

    本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。

     

    2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。

     

    ▷GRAZE GATHERINGの詳細・お申し込みはこちらから

    https://www.utopiaagriculture.com/products/graze-gathering/

     

    いま、地球温暖化や砂漠化への悪影響を理由に畜産は批判に晒されています。2014年のFAOのデータによれば、いま世界では牛が14.7億頭、豚が9.9億頭、羊が12.0億頭も飼育されていますが、世界全体で牛など家畜が出すげっぷに含まれるメタンは、温室効果ガスの4%を占めると言われ、また牛やヒツジの「過放牧」は緑豊かな草原を砂漠に変えると指摘されています

    それに加えて、畜産が世界中の森林や水資源へ与えるダメージは深刻です。世界中の家畜を養うためには、莫大な量のエサが必要となり、飼料となる大豆やトウモロコシなどを育てるために、特に南米では熱帯雨林が次々に伐採され大規模な森林破壊が起こっています。それだけでなく、牛肉1Kgをつくるために約15,000リットルの水が必要になるという研究もあり、世界中で水資源の過剰利用による枯渇が懸念されています。

    私たち人間は地球環境の持続可能性を守るために、畜産をやめる必要があるのでしょうか。その問いに答えるヒントは、「放牧」に隠されているかもしれません。生態学者アラン・セイボリーの『砂漠を緑地化させ気候変動を逆転させる方法』というTED講演によれば、家畜を何万頭の群にして自然に似たかたちで計画的に放牧させることで、草原が生い茂る土地が再生すると言います。もともと地球と動物がバランスを取って共存していたように、「循環」という自然の摂理を人間が理解すれば、地球・人間・動物すべてが豊かになるユートピアは実現できるかもしれません。近年の「放牧」をめぐる研究をもとに、その可能性を探ります。

     

    1.放牧と「持続可能性」

    いま、「放牧」が地球環境を回復させるという研究が現れはじめています。そのポイントは、人間が家畜の動きを適切に管理する「管理放牧」の実践です。

    たとえば、管理放牧ではあらかじめ牧草地を柵で区切り、動物が植物を食べつくす前にローテーションで移動させて植物を再生させます。家畜は決められた土地を歩き回りながら糞尿を排泄し、土を踏むことで植生に刺激を与える。すると、土はみるみる肥沃になり、植生の成長が加速、土壌が再生するのです。家畜により植物の成長が加速し、土壌に蓄えられる炭素量が家畜によって排出される量を上回れば、気候変動を緩和させられる可能性も示唆されています。

    また、放牧は栄養素を「持ち込み」「持ち出し」せず、地域内で循環させることもポイントです。大豆やトウモロコシなどの飼料作物を与えなくても、家畜は近くにある牧草を自然に食べます。つまり、海外からの輸入飼料という過剰な栄養素は「持ち込み」しなくても良く、また地域の草から取り込んだ栄養素は、糞尿によって地域の土に再び拡散されます。畜舎で処理しきれない糞尿が河川に流れて「持ち出し」されることなく、栄養素は再度土に還元されるのです。

    放牧によって土壌が豊かになり、良い草がたくさん生えて、それを食べて健康な牛が育つ。放牧が栄養素循環をつくることで、持続可能な畜産が実現します。それが地球環境の回復につながるわけです。

     

    2.放牧と「アニマルウェルフェア」

    放牧は「アニマルウェルフェア」を向上させる飼育方法です。アニマルウェルフェア(Animal Welfare)とは、動物を食べる畜産自体を否定はせず、「せめて動物が生きている間は、幸せに過ごせるように配慮しよう」という考え方です。家畜は感受性をもつ生き物であり、生まれてから死ぬまでの間できる限りストレスを減らして健康に暮らさせてあげる。こうした畜産のあるべき姿を示しています。

    牛はもともと野生動物であり、野生に近い状況で育てるほどストレスフリーで元気になります。また、放牧では栄養価が高い草を食べられるだけでなく、歩き回るうちに良い運動になる。放牧は家畜のストレスや病気を減らし、動物の幸福だけでなく生産性や畜産物の質にも良い影響を与えるのです。

    しかし、日本の畜産はアニマルウェルフェアへの配慮がほとんどなく、世界ランキングでも最下位の評価を受けています。生産性や効率性の観点から、動物を工業生産物のように扱っているわけです。たとえば、畜舎で飼われる牛は、一日中狭い空間に閉じ込められ、身動きができない状態で過ごします。たくさん肉を付けるためにわざと高カロリーの食事を与えて太らせたり、抗生物質などの薬も頻繁に打たれます。

    また、鶏のケージ飼いも問題です。日本の養鶏場の90%以上が、金網の「バタリーケージ」に鶏をぎゅうぎゅう詰めにして飼育しています。ケージで鶏は脚を骨折したり、病気で衰弱したり、卵を産み続けて生殖器を痛めたりしてしまう。私たちの見えないところで、家畜は苦しめられているのです。

    こうしたアニマルウェルフェアの課題に、いち早く取り組んでいるのがEUです。EUではバタリーケージが2012年から全面禁止されました。また、オーストラリアやアメリカの一部の州でも禁止され、EUでは52%、アメリカでは29.3%の鶏がケージフリーで飼育されています。ケージ飼いをやめた地域で代わりに実践されているのは、鶏舎内の地面に放して飼育する「平飼い」や、鶏舎内外を自由に行き来できる「放し飼い」です。牛も鶏も、できるだけ自然に近い生き方が幸せなのであれば、放牧はアニマルウェルフェアを効果的に実践するための近道なのです。

     

    3.放牧と「美味しさ」「健康」

    放牧により、牧草を食べて育った動物からは、おいしくて健康な生乳やお肉がつくれます。なかでも、牧草だけを食べて飼育する「グラスフェッド」と呼ばれる方法で飼育された牛からつくられた食材は、いま特に注目されているのです。

    知名度が上がったきっかけは、毎日朝食にバターをコーヒーに入れて飲む「バターコーヒーダイエット」でした。この食事法を提唱した『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』の著者デイヴ・アスプリーによれば、グラスフェッドバターは穀物により飼育された牛と比べて良質の油であるオメガ3脂肪酸が豊富で、さらにカロテノイドなど脂溶性成分が豊富だといいます。グラスフェッドバターを使わなければ、バターコーヒーのダイエット効果は大幅に下がるそうです。

    グラスフェッドの牛から搾った牛乳は、さっぱりとした味わいで、すこし青草のにおいがします。130℃で2秒間殺菌する一般的な高温殺菌ではなく、60〜65℃で30分間の低音殺菌を用いると、さらに青草の風味が残るおいしい牛乳ができます。また、牧草のみを食べて育った牛のお肉「グラスフェッドビーフ」も、脂肪が少なく赤身が多い肉質で栄養豊富です。健康に育った牛からは、いい乳や肉ができる。それを食べた人間が幸せになる。放牧によって、この循環が地域の中で回りはじめます。

    しかし、「放牧で育てた牛乳は値段が高いのでは?」と気にされる方も多いのではないでしょうか。たしかに、グラスフェッドの牛乳は畜舎で大量生産する牛乳と比べて価格が高い傾向にありますが、長期的に考えると放牧した牛乳が経済的に得になる可能性があります。

    2022年初頭頃から、飼料や化学肥料の価格の高騰が起こっています。原因はウクライナ情勢による影響にはじまり、南米でのトウモロコシの生産量低下や、原油高騰での海上運賃上昇、急激な円安などが挙げられます。飼料価格の上昇は酪農家の経営難に直結し、牛乳の価格にも反映される。このまま安い牛乳がスーパーに並びつづけるとは限りません。

    放牧はエサを地産地消へとシフトさせる営みであり、海の向こうの出来事に影響されて牛乳や肉が手に入りづらくなることも避けられます。美味しくて健康な牛乳や肉が、いつも安定して食卓に並ぶ未来のために、放牧を通して「自分たちの手の届く範囲でつくる」ことに向き合う時が来ているのかもしれません。

     

    4.放牧と「地域再生」

    放牧は田畑や森林、耕作放棄地でも実践可能であり、土地の再生を通じて地域を再生する力を秘めています。数千年のはるか昔から、畜産は農業や林業と密接に結びついていました。家畜の放牧は広大な牧草地帯だけで行われるのではなく、田畑や森林でも実践されていたのです。放牧と農業や林業との組み合わせは、土壌の肥沃度向上だけでなく、さまざまな相乗効果を生みます。例えば、林業として木材生産をしながら、一部に飼料用の草地を設けて家畜を飼育する形式を「シルボパスチャー」と呼びます。家畜は森林の中に放牧され、草を食べながら自由に移動できる。牛の排泄物によって森林が豊かになるだけでなく、放牧用の牧草地を開拓しなくて済むため、大規模な森林伐採を防げます。

    環境活動家ポール・ホーケンの著書『DRAWDOWN』によれば、牛を増やし、植える木の種類を増やし、群れをさらに頻繁に回転させる「集約的シルボパスチャー」は、ほかのどの肥育法よりも牛が早く肥えて肉の味がよくなるそうです。

    日本において放牧の導入が浸透しない理由について、「土地が広くないと難しい」ことが挙げられます。しかし、「放牧は広大な牧場でするもの」というのは固定概念でしかありません。いま私たちは、牧畜と農業、林業を再統合させ、里山の自然環境と調和した畜産業へと回帰すべきなのかもしれません。日本では地方の衰退が深刻です。かつて豊かな森や里山だった地域は、戦後の高度経済成長の中で開拓され、高齢化や人口減少とともに「耕作放棄地」として土地ごと廃棄されています。また人が残る農地も、長年の農薬や耕起によってダメージを受け続けています。デイビッド・モントゴメリーは、著書『土の文明史』の中で「肥沃な土壌を失ったときが、文明が滅ぶときである」と結論づけており、その意味では日本の地域文化は危機に陥っているといえます。

    日本の中山間地域は平坦な土地が少なく、大型機械が入れずに耕作放棄地の再生を諦めるケースが多いのが現状。しかし、牛は機械が入りづらい棚田や段々畑、元茶畑などでも難なく入り込み、生い茂った雑草を綺麗に食べます。現在、耕作放棄地の面積は約40万haにものぼると言われており、さらに年々増え続けていることを考えると、放牧には地域の荒廃を救ったり、食料自給率の低下を防いだりするポテンシャルがあると言えるでしょう。

    放牧を通じた土地の再生から、地域再生をはじめていく──土から草へ、草から牛へ、そして人間へと健康が循環する、幸せのサイクルが回っていくはずです。

     

    ILLUSTRATIONS BY  ASUKA  EO
    TEXT BY TETSUHIRO ISHIDA