食べることで貢献する。人は豊かな生態系で、何を担うのか
ここ数年でSDGsのムーブメントから、企業による社会課題や環境問題の取り組みにふれる機会も多いのではないでしょうか。
私たちの生活は住む場所、着るもの、食べるもの、程度の差はあれどあらゆる購買、消費活動に支えられています。最近の研究では、人の営みや都市ありきで成り立つ生態系があると言われています。そもそも、人間がいない地球に戻ることが難しいうえで、私たちはどうふるまっていくのか。
雑誌『WIRED』日本版VOL.40では、“地球の再生”と生態系における人の営みについて「食」の観点から特集が組まれていました。今回、ユートピアアグリカルチャーが取材をしてもらったことをきっかけに、編集部の岡田弘太郎さんとの対談が実現。
「再生と循環」をテーマに、「食べること」の甘い理想と現実を行き来しながら、より良い未来への手がかりを探ります。
岡田弘太郎さん プロフィール
編集者。1994年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、編集デザインファームinquireに所属。『SENSORS』シニアエディターや、スタートアップを中心に企業のコーポレートメディアの発信を担当。2018年より『WIRED』日本版コントリビューティング・エディター。19年よりクリエイティブ集団PARTYパートナー。
リジェネレイティブを合言葉に紐解く
――今回『WIRED』でフード特集のテーマはどのように導かれたのでしょうか。
岡田:毎号、編集長の松島(倫明)さんが特集テーマを決めるのですが、今回は「人間が自然を奪うのではなく、食べることを通じて環境や生態系の回復に貢献するような食の在り方を考えられないか?」という問いを起点に、編集部員で雑誌をつくっていきました。
実は、『WIRED』では約5年前に「食」をテーマとした特集を組んでいるんです。その頃は培養肉や完全栄養食がまだ世に知られていなく、当時はそういった新しい動きを取り上げていました。5年ぶりに特集を組むにあたり、異なる視座を提示しようということで、冒頭の問いを提示したんです。

出典:雑誌『WIRED』日本版VOL.40「FOOD: re-generative 地球のためのガストロノミー」
岡田:今回のテーマを支える1冊の本があるのですが、それが『THE THIRD PLATE(サードプレート)』です。
――『THE THIRD PLATE(サードプレート)』とは何を意味するのでしょうか。
岡田:著者はニューヨークにある『ブルーヒル』のシェフであるダン・バーバー氏で、本誌の巻頭にインタビューが掲載されています。。ファーストプレートが普通の飲食店の食事だとすると、「Farm to Table」がセカンドプレートと言われています。地域の生産者からなるべく自然な状態で育てられた食材を調達し、料理にするスタイルです。では『THE THIRD PLATE(サードプレート)』の意味する「第三の皿」とは何なのか。
それは、料理は本来その土地に合った農作物を育て、採れた食材をハーモナイズさせて一皿にするというもの。料理にあう食材を農家にオーダーしてつくってもらう「Farm to Table」の構造から、一歩踏み込んだスタイルです。セカンドプレートは、自然が主体ではなく人間を中心に据えた考え方でしかなく、むしろ自然の持続性のために生産したものを食べる。農業のシステム全体が反映されるような料理を「第3の皿」と呼んでいます。
地球資源を収奪するのではなく土壌を豊かに拡張する農業のあり方とは、その土地に適した大地と自然を豊かにしていくものを育て、それをもとにシェフが自然から与えられるものをも美味しく食べられるようにレシピを組み、お客さんが食べるという「自然の循環そのものがレシピ」になるような世界ではないかという考え方です。
今回の巻頭インタビューでも取り上げているように、彼の提唱する自然に寄り添う食の在り方が、特集のひとつの起点になっています。
――本誌でも、『THE THIRD PLATE(サードプレート)』では、食べることを通じて環境や生態系の回復に貢献することが書かれています。土地にあった食材から作られた料理を選ぶことで、農家やその土地の環境を守ることができる、そうした食のあり方に未来を感じます。
岡田:そうですね。本誌の構成としては、サードプレートの考えが通底にありつつ、リジェネレイティブアグリカルチャー(環境再生型農業)や拡張生態系など各テーマに枝葉を伸ばしています。特に私が担当した特集では、生態系や循環のなかでの人間の役割を探っています。
今、世の中的にも環境再生型農業の流れが大きくなっていますが、本誌のなかでは環境再生型農業に取り組むスタートアップも何社か取り上げたかったのですが、今回はさまざまな都合で難しくて。雑誌の発売後にも動向を継続的にリサーチしていたところ、ユートピアアグリカルチャーの創業者の記事を見つけました。
BAKE創業者による新たなる挑戦 https://wired.jp/2021/05/05/utopia-agriculture/
――そもそもユートピアアグリカルチャー(以下、UAと記載)が再生循環型の酪農に取り組むきっかけを改めて聞かせてください。
阿座上:話はUAを立ち上げる前にさかのぼります。代表の長沼真太郎さんと出会った2013年頃から、牧場がやりたいとずっと言ってましたね。本格的に取り組む時間ができたタイミングで、真太郎さんはスタンフォード大学の客員研究員として1年ほどシリコンバレーに滞在しながら、アグリテックやフードテック企業との交流を深めていました。
当初は放牧によって人の手間を減らすことでより効率的な酪農経営の形を目指しており、ゆくゆくはアグリテックやファームテックといったテクノロジーを取り入れて、無人化することを計画していました。具体的には、ドローンで牛を追尾するシステムのリサーチや、電牧柵なしに牛が敷地内を出ないようにするシステムに投資したり、国内外の放牧牧場に研修に行くなど準備を進めていたんです。ここまで聞くとスムーズに進んでいるように思われるかもしれません。しかし実際は課題も多くありました。
――海外ですと、環境や動物愛護などの観点からベジタリアンやヴィーガンの方も多いですよね。
阿座上:そうですね。一部では「酪農は悪」という風潮が強いコミュニティもあると聞きます。シリコンバレーにいた真太郎さんからそうした思想を実践する人たちの話を聞くと、酪農をやっていくことに迷いがなかったとは言えません。一方で、再生循環型の農業や、土壌の栄養素循環の研究にたどり着いたことは大きな収穫でした。もし放牧で環境の再生やよりよい栄養素の循環(https://www.utopiaagriculture.com/journal/367 )を実証できるなら、希望が持てるかもしれない。

キャプション:UAのビジネスモデル。放牧による乳卵製品やお菓子の製造販売を通して、人・動物・環境に負荷がなく、持続可能なビジネスを実現すること
阿座上:2019年頃、放牧であることは変わらず、効率だけでなく、地球環境への影響に配慮したお菓子を作る構想は固まりました。牛から出るメタンガスを周囲の森や、土壌内に固定することで温室効果を低減したり、なるべく有機肥料で牧草を育てたり、周辺環境の豊かな生態系にも貢献できるのではないかと考えています。
阿座上:UAでは平飼いの養鶏場も運営しており、ちょうどお菓子を作るときに出るお菓子クズがいい栄養になることもわかっています。放牧乳や卵を使っておいしいお菓子を作り、お客様に買っていただくことで人・動物・環境にやさしいサイクルが完成します。
では、普通の農業と何が違うのか。酪農を悪にしない、という思いから始まって、さまざまな循環を巡っていることに気づきました。たどり着いたのが「循環」「再生」というコンセプト。それを実現するのが、リジェネレイティブアグリカルチャーです。こうした酪農の形は、今はまだ世の中には知られていませんが、社会課題に対してにみんなが参加できる可能性を感じました。
食べることで地球に貢献する。2つのアプローチから導く人間の役割
――ここからは循環と人について、フォーカスします。雑誌『WIRED』では、人が自然から奪うのではなく、食べることを通じて環境や生態系の回復に貢献することや、人が生態系の一部を担っているというテーマが印象的でした。
岡田:生物学者のEdward O. Wilsonによる『HALF-EARTH(ハーフアース)』という本があるのですが、彼は自然環境の回復のためには地球の半分を自然保護区域にせよといったラディカルなアイデアを提言しているんです。
アイデア自体はとても興味深いのですが、今回の雑誌『WIRED』日本版の特集ではそれとは異なる視座を提示しています。「手付かずの自然に戻ろう」という考えではなくて、地球における人間の影響力がこれだけ高まっているのだからこそ、人間が介入することで環境を回復し、生態系のポジティヴな影響を与える存在として捉えていこうという考え方です。
――人間が関わることで、環境を回復する?
岡田:今回、「拡張生態系」や「協生農法」の研究をしているソニーCSLの舩橋真俊さん、ワイルド・サイエンティストの片野晃輔さんに話を伺いました。
拡張生態系とは:これまでの自然保全ではなく、人天が介在することで自然状態を越えて目的に応じた全体最適化がなされる状態として提唱。例えば、コルク収穫のために樹皮を剥がされたほうが結果として木の長生につながる等、人間による「拡張」として捉えられる。
協生農法とは:多種多様な植物を混生・密生させた生態系の営みにより食料生産を向上させる。収穫しながら生物の多様性を豊かにする、拡張生態系のひとつのアプローチ。
岡田:さらに、開放系・閉鎖系という捉え方を知りました。厳密にその2つに切り分けることは難しいものの、例えば、投下した資源を元に何かを生み出すのが閉鎖系のアプローチ。植物工場とか培養肉などは閉鎖系ですね。一方で、地球という開放系の循環の中に人間が介入することによって環境を良くしていくのが開放系のアプローチ。協生農法や拡張生態系は開放系にあたります。これから開放系のアプローチは重要な視座になっていくと感じました。
――人間が生態系の一端を担えるというのは希望を感じますね。特に食べることで環境や生態系の回復に貢献する例はありますか?また貢献するために必要なことはありますか。
阿座上:たとえば京都の「かけはしブルーイング」では飲めば飲むほど海がきれいになるビール(https://kakehashi.beer/pages/about )を作って、販売されています。
岡田:よいですね。例えば、野菜を買うときに値段だけでなく、生態系を含めた価値に想像力が働くようなリテラシーがこれから必要になっていくのかもしれません。まさしく『THE THIRD PLATE』の実践ですが、日々の生活ではなかなか難しいのも現実です。
また、想像力の射程というのも難しいですよね。地球の生態系そのものはとても複雑で、そのなかでの人間の役割を探求することも困難ですが、気候変動などの全体像が把握しづらい全球的な課題に対して「何ができるのか?」というのも簡単には考えにくい。さらには、これだけ地球での人間の影響力が高まっているからこそ、いまの自分たちの行動が100年後を生きる世代にも影響を与えてしまう。
最近、哲学者のローマン・クルツナリックの『The Good Ancestor』という書籍に目を通しました。将来世代にとって「良き祖先になるのは?」を問うた一冊なのですが、そのような視座と長期的思考を持ちながら、自分たちがいま実践できることに取り組んでいくことが重要なのかなと。
――地球と人間で、かけ離れた時間軸のうえで取り組むために必要なスキルですね。
UAのビジネスモデルは、牛を育てる人、お菓子を作る人などいくつかの循環が巡っています。これから必要なことは何だと思いますか。
阿座上:循環を大きくすることは構想としてありました。その上で、お菓子を買って食べてくれるお客様は大きな存在です。買うことは投票行為と同じで、一票を投じてもらうことで、より循環を広げていけるのだと思います。もちろん最初は美味しいそう、なんとなく欲しいから、というきっかけで十分です。
岡田:投票の例え、いいですね。食べることで地球の環境や生態系に貢献する、と言われても実際のところ「何したらいいの?」という本音はあると思います。
阿座上:個人の体験ですが、15年前に環境問題を意識しはじめた時期がありました。いくつかの本を手に取って、自分にできることの少なさを痛感しました。今こうしてUAの事業に関わりながら、たまに『CHEESE WONDER』を買って食べる機会があります。小さなアクションではありますが、地球が良くなる循環に参加できる。買うことは投票と同じで、自分自身が投票者になれることが嬉しいですね。
岡田:食べる時にチーズケーキの背景にある環境再生型の酪農や、取り組んでいる環境課題を知ることで食へのリテラシーが育まれそうですね。
阿座上:ありがとうございます。あえて『CHEESE WONDER』の公式サイトでは深くふれず、どんな人でも関われるようにしています。買って、届いた箱の中にはちゃんと読み物が入っていて、何か美味しそうだから買ったら「ちゃんと地球のことも考えてるんだ」という体験を設計しています。二度目からは取組を知って、投票してもらえたら嬉しいです!
岡田:資本主義に向き合いながら循環を成り立たせることを大事にされてるんですね。
阿座上:狙いはビジネスと地球環境と、牛の健康、全ての良いとこどり。そこが難しさであり、面白さです。
メディアから思い描く、甘い理想?
――『WIRED』がメディアとして意識していることはありますか。
岡田:『WIRED』は雑誌以外にもWebやイベント、Podcastなどさまざまなチャネルで発信をしています。だからこそ、本誌で扱ったテーマを継続的に発信するなど、一度注力したドメインを耕すことも大切だと考えています。
そのような観点から、ユートピアアグリカルチャーのことを知ったときに、「食」号をつくった際の課題意識を踏まえながら「取材させてもらいないか」とお声掛けしたんです。何よりも、日本で環境再生型農業に取り組んでいるスタートアップがあったことに驚きましたし、嬉しかったですね。
WIRED記事:環境再生型農業による「チーズケーキ」が、日本の酪農風景を変えていく
https://wired.jp/2021/05/05/utopia-agriculture/
阿座上:今回岡田さんからUAにインタビューを申し込んでいただき、対話したことから自社メディアでの連載企画として逆取材させてもらったんすよね。!
――ありがとうございます。UAでは「SWEET IDEALS」という連載企画で発信をしていますがどのような意味がありますか??
阿座上:「お菓子の理想郷」を作る試みは私たちにはまだまだハードルが高いし、「甘い」と言われることもあるかもしれません。連載に掲げた「SWEET IDEALS(甘い理想)」には、お菓子と放牧における理想とそこにある甘さを掛け、自己皮肉も込めてと名付けました。いつかは、実現できるように研究などに取り組んでいますし、そのプロセスをオープンにすることで、「これならできそう、やってみたい」と、興味をもってもらえたら嬉しいです。
阿座上:私自身、地球や人に良いことをしていると、ビジネスでは続かないイメージがありました。だからこそ、UAは事業として成り立たせて、いい形で有名にならなきゃいけないと思います。なぜなら、UAの真似してくれる企業が増えてほしいからです。そうした企業が増えて、みんなが上手くやれたら、おのずと人間の営みに組み込まれていくはず。あとは、自社の情報をなるべくオープンにするのと同時に、お菓子の可能性を広げていくこともやっていきたいですね。

牧場の炭素や窒素のバランスを調査しています。2021年8月現在では1年目のデータがようやく解析できた段階。日々のデータ収集から改善の案までを一緒に考える産学連携のプロジェクト。
――食の未来にいずれ訪れる課題は何だと思いますか。
岡田:今回の「食」特集に取り組むうえで、「人口増加に対して食料生産が追いつかないので?」という問いが当初から存在しました。富裕層だけがリアルフードとかリアルミートを食べられて、一般的な経済状況の人は培養肉の生活を強いられるような、新しい格差が生まれるんじゃないかという視点です。そこには明確な答えを見いだせなかった気がしています。
阿座上:地球と人に負荷の少ない、美味しい代替食品が普及したとしても、それだけじゃ寂しい。だから私たちがいて、CHEESE WONDERを作っているのだと思います。フェイクではない、本物の乳で作ったお菓子はいつか特別なものになるのかもしれません。
岡田:なるほど。今後、食のバリューチェーンにおける各プレイヤーが何を目指すとよいのか、そのための指標があると良いのかもと感じました。環境再生型農業なのか、生態系を拡張するような事業なのか……。システムそのものが変わっていけるように思いました。
――どの程度地球を気遣うべきなのか可視化されるといいですね。今回は「食べること」を軸にたくさんの甘い理想と現実へ、想像を広げられました。ありがとうございます!