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ユートピアアグリカルチャーの目指すリジェネレイティブな酪農の現在地点

    ここ数年で「SDGs」や「サスティナブル」は、私たちの生活にすっかり馴染みあるテーマになりました。テレビや雑誌で特集が組まれるなど、企業活動においても切り離せないテーマです。

    サスティナブルな〇〇、持続可能な〇〇とあれば人や地球にとって良い選択肢とイメージされるでしょう。一方で、消費者にとってそうした商品や企業のサステナビリティ=持続可能性を評価・判断することは容易とは言えません。

    ユートピアアグリカルチャー初のブランド「CHEESE WONDER」

    また、酪農に対して“牛の出すメタンガスが環境に良くないらしい”と、聞いたことがあるのではないでしょうか。では、“栄養素の循環”にフォーカスすると新たな課題が浮き彫りになることは、いかがでしょう?

    狭い場所にたくさんの牛を飼い、栄養価の高い穀物を大量に与えるとどうなるか。牛のふん尿が増えて、土の中の微生物が分解できるラインを超えると、循環のバランスが崩れて周辺環境に影響が及ぶと考えられています。

    ユートピアアグリカルチャー(以下、UA)は環境負荷が少ない循環型酪農を目指して、産学連携での調査を行っています。畜産は環境負荷になっているのか?周辺環境にはどのような影響がもたらされるのか?食肉は止めるべきなのか……

    今回のジャーナルでは北海道大学との共同研究をご紹介するとともに、酪農の持続可能性における私たちのビジョンをお届けします。お話を伺ったのは、北海道大学 農業学部 准教授の内田義崇(うちだよしたか)先生です。

    栄養素の循環を手がかりに見る、畜産業の環境負荷

    ーー内田先生はどのような研究をされていますか。

    内田:私の研究は環境生命地球化学という領域です。平たく言うと、栄養素の循環を見えるようにしていく学問です。

    プロフィール:内田 義崇(うちだよしたか)さん
    2009年ニュージーランドリンカーン大学卒、2010年より農業環境技術研究所(現:農研機構・農業環境変動研究センター)に在籍。2013年に北海道大学大学院農学研究院に環境生命地球化学研究室を立ち上げ、現在は准教授としてこの研究室を運営している。土壌微生物と酪農場における栄養バランス研究の他、家畜糞尿由来廃棄物の農地散布を最適化するための衛星画像利用システムの開発、ザンビアにおける鉛汚染のメカニズムの解明と健康・経済リスク評価手法および予防・修復技術の開発プロジェクトに携わる。

    内田:UAとの研究では、これまで暗黙知となっていた酪農家の日常業務を数値化し、定期的にデータをもらって分析しています。科学的根拠に基づいた評価を行い、農家さんと改善に取り組んでいます。UAの農場では「ちょうどよく栄養素を循環させていくこと」に可能性があると感じています。

    ーー栄養素の循環ですか?

    内田:牛は人間にとって栄養価のない、例えば木の枝や葉、牧草を食べて、牛乳などの美味しいタンパク質に作り変えます。ふん尿も堆肥になるので、土を豊かにするための重要な資材になります。

    動物がいない環境はどうでしょう。特に北海道のように寒い場所や、気候の厳しい環境を想像してください。植物と土のみが細々と栄養素を循環させるだけでは、人間が食料を安定的に生みだすための豊かな土を作ることは難しくなります。

    内田:もともと土の中に栄養素が少ない場所は牛や動物がいることで、牛のおなか→牛のふん→ふんを分解するミミズやふん虫、微生物→ふんの栄養素を利用する生育の早いイネ科やマメ科の牧草……と、一気にダイナミックな栄養素の循環が生まれます。

    牛が居ることで、これまで居なかった虫や鳥などが生育するようになるなど生物多様性が生まれ、持続的な農業によって生態系がより豊になることが少しずつ研究で確認されています。

    ーー人への恩恵だけでなく、土や周辺環境も豊かになるのですね。

    内田:グリーンインフラと言われていて、生態学分野では熱いトピックです。

    精製したDNAを解析して、微生物の多様性を調べているところ

    内田:農場を基点に少しスケールを広げて見てみましょう。例えばとある1つの農場内だけで温室効果ガスや炭素の循環をはじくことは可能です。農地から出ているCO2が他の場所より多いという結果が出たからといって「農業をやめましょう」とは言い切れません。

    農村では、農業従事者が廃業すればその土地に暮らしていた人々が都市に移り、その土地は荒廃する可能性があります。また、都市部での温室効果ガスの排出量が増えることも想定されます。もちろん過剰に集約的になってしまった農業の産業構造に問題があるかもしれません。

    内田:しかし農村が農村であること、つまり牛やヒツジが暮らし、土壌の肥沃度と食料生産性が保たれ、そこで人々が自然と共存しながら暮らすことができていることは、一つの持続的な人間の生き方の理想形になりうるのです。極端な例かもしれませんが、環境負荷への意識が変わりませんか?

    ーーはい。どうしても牛1頭が出すメタンガスだとか、ふん尿が環境に悪いだとか、イメージしやすい部分にフォーカスしていました。

    内田:人間がこれからも地球と調和しながら暮らすために、なくてはならない産業だと言えます。北海道の特に東側ではそもそも畑作物が育ちませんし、私たちは牧草を食べても栄養にできません。だから厳しい環境でも育つ牧草を食べる牛や動物を育ててミルクや肉をいただいてきました。

    ーーとはいえ、身近にもベジタリアンやヴィーガンなど食肉を選択しない人が増えています。環境負荷の解決には時間がかかりますし、畜産業の必要性は伝わりにくいかもしれません。

    内田:肉や乳製品を食生活の中心に据えてしまうことで、需要が高まりすぎているのは事実かもしれません。確かに、肉や乳製品の過剰な消費をしないことは地球への負荷を減らす上では重要です。

    内田:一方で、小麦や大豆が育つ気候・土壌のある場所でしか食料生産をしないという選択をするのであれば、それ以外の場所で暮らす人々の数はかなり減らないといけない。
    100億人近くが生きる地球で動物性のタンパクは重要な役割を担ってきました。単に食文化だけでなく、周辺環境や栄養素循環をふまえた持続性においても言えることです。

    ーー環境負荷のスケール感や、循環を拡張することで畜産業の可能性が見えそうです。

    内田:食の選択にはいろいろな意志があると思いますが、畜産業については多角的な視点で捉えてもらえると嬉しいですね。ここからは、もう少し詳しく畜産業における栄養素循環や、環境問題についてお話します。

    栄養素とプラネタリーバウンダリー(地球限界)

    内田:酪農において栄養素は「肥料」や「飼料」の形で農場内に持ち込まれ、それらの一部は「牛乳」や「肉」となって持ち出されます。農場に残る栄養素の多くは、堆肥になるふん尿です。ふん尿由来の栄養素が土に蓄えられ植物によって再利用されれば、環境負荷は抑制できますが、それが川や大気に溢れだしてしまうと水質汚濁や大気汚染の原因となります。

    ーー栄養素は多ければ良い訳ではない。

    内田:そうです。特に畜産業は多くの栄養素が使われ、特に窒素やリンが過剰になると環境への負荷が高まります。

    ーー窒素とリンですか。

    内田:植物が育つために必要になる栄養素です。実は今、地球全体で見ても窒素とリンは危機的なバランス状態にあります。

    ーー温室効果ガスなどは身近ですが、正直なところ「窒素とリン」と聞いてもピンとこなくて……。

    内田:化学肥料は石油や石炭、天然ガスなどいつか無くなる枯渇性資源を使って合成されていることはあまり知られていません。私たちの食生活には化学肥料で育った食材も多くあるのに、「いつか無くなる」という意識は浸透していません。日本に限らず人類全体の意識として危機感が薄く、問題の深刻化を招いてます。

    UAのプロジェクトの根底にある概念について、もう少し詳しくお伝えします。

    内田:研究者の間では有名な「プラネタリーバウンダリー」というコンセプト、これはSDGsのなかでも地球環境の項目において多大な影響を与えたと言われています。「地球の限界」あるいは「惑星限界」とも訳され、地球温暖化をはじめ地球規模の課題にアプローチする手がかりとして活用されています。

    Steffenら、2015年、Science誌から引用/詳細はStockholm Resilience Centreのウェブサイトを参照

    内田:地球の許容限界をこえた活動を知るための指標です。赤くなっているカテゴリーは危機的な状況、つまり後戻りができないレベルにまで変えてしまったことを指しています。

    窒素のカテゴリーが赤くなっているのは、もともと空気中にあった窒素を大量に化学肥料として合成し、土に撒いたことで、化学肥料の発明以前にはありえないほどのダイナミクスで土、水、大気中で窒素が循環しているからです。

    そのため窒素の循環に関しては、人間の活動によって、すでに後戻りできない危機的な状態まで環境を変えてしまったと言えます。地球規模でバランスの崩れてしまった栄養素の循環をどうにか是正できないか、それが私の研究テーマです。

    土壌から抽出した微生物DNAを精製中

    ーーふん尿からできる堆肥、つまり有機肥料を使えば改善するのでしょうか。

    内田:地球規模から北海道へとスケールを戻しましょう。ほとんどの農家さんでは家畜のふん尿を牛舎の片隅に貯めておき、良いタイミングで畑に戻されています。しかし、これまでの調査で判明したのはふん尿由来の窒素を正確に考慮せず、ふん尿として窒素を撒いているのに、そこにさらに化学肥料を足している畑が非常に多いことです。このような経営を長年行ってきた場所の土の成分を分析すると、窒素、リン、カリの3大栄養素はどれも適正値を越えていました。

    特に、窒素は土壌に過剰に存在すると水に溶け出すか、ガスになり、土壌システムから外の環境へと逃げて周辺に悪影響を及ぼします。化学肥料を多く撒いてしまう原因はどうやら「代々そうしてきたから」といった慣習にありました。理解を広めることの重要性を実感します。

    ――UAの農場はどうでしょうか?

    内田:UAではふん尿に含まれる窒素量を考慮して化学肥料を減らし、土の中の窒素が外に漏れることを最低限にすることを目指した経営形態になっています。

    酪農家の工藤さんにデータを提供してもらい、こちらで窒素のバランスを計算しています。いつどんなエサをあげたのか、牧草はどれくらい食べたのか、様々な項目のログを貯めています。

    ーーここまで伺って、「放牧だから良い」とは言い切れないんだなと感じます。

    内田:今は放牧をやりながら実証していく段階ですね。土の栄養素が過剰になっていないか、さらに農場全体の栄養がどう循環しているのか、どうバランスを取っていくのか、5年、10年単位で追っていくプロジェクトです。科学的な根拠に基づいて、トータルで判断していきます。

    ーー部分でなく、全体を。

    内田:はい。1つの環境負荷リスクだけ軽減しようとすると、他でリスクが高まることもあります。私たちはこれをハザードスワッピングと言い、栄養素循環を研究しているとよく議論になるポイントです。

    1つのプロセスだけ達成しても「そこだけ止めても意味ないぞ」「他のとこはどうなってるんだ?」と批判を受けるのは明らかです。コロナ対策で例えると、感染者が減っても失業者が増えていたら根本的な解決とは言えません。UAとの共同研究では、こうした取りこぼしがないような農業形態を目指しています。

    土壌の再生、回復へのビジョン

    ーー代表の長沼真太郎さんはリジェネレイティブ(再生循環型)な農業を模索しています。

    内田:長沼さんの挑戦は、国際的な科学者たちのビジョンに極めて近いと言えます。土壌は食料生産や生態系の維持だけでなく、炭素の貯蔵庫としても欠かせない資源。世界食糧機関では2015年からの10年を「国際土壌の10年」と掲げるなど、土壌回復への意識は高まっています。

    ーー海外では砂漠化が進行していると聞きました。

    内田:一度失うと、回復させるのは大変です。土壌の再生や低炭素社会、栄養素の循環といったテーマについて「研究者がうるさく言うからやる」のではなく、農家の方々が理解したうえで達成を目指しているのがUAの酪農。

    ーーUAのプロジェクトについて、研究者の視点でどのように思いますか。

    内田:研究者からみても素晴らしい仕組みができていると思います。個人的な夢の話にはなりますが、私が研究者になったのは国際社会や世界全体を良くしたいから。とはいえ国際社会での成果を追求すると、個々の農家さんとの密な連携とは真逆の方向へ進んでしまいます。

    いろいろな牧草地から採取した牧草の質を分析中

    内田:膨大なデータの標準化、例えばデータの採り方をそろえたり、単位や企画を統一したりすることや、国同士の調整などの大きな仕事に追われ過ぎてしまい、異なるビジョンや哲学を持っていらっしゃるそれぞれの農家さんへの評価が難しいのが現実です。

    内田:UAのプロジェクトは、研究者と企業、農家さんがお互いに歩み寄れたからこそ成り立つのではないでしょうか。何よりUAのお菓子はシンプルな素材で作られているから、小さくて強いバリューチェーンとサプライチェーンが生まれていて良いですね。

    内田:さらに背景を丁寧に伝えるところまでの仕組みもある。大学の研究だけでは生まれないサイクルです。今後もUAのお菓子から繋がっていく人たちが環境や循環、農業の持続可能性に意識を向けてくださることを期待したいです。

    ーーありがとうございます。内田先生の言葉で聞けて、改めてUAのビジョンやこのジャーナルの意義を語ってくださり嬉しかったです。

    ・・・

    ユートピアアグリカルチャーでは、私たちは本来の循環により沿った酪農経営を通して、環境負荷の少ない放牧の可能性を模索しています。

    共同研究は2020年にはじまったばかり。これから5年、10年時間をかけて実証していきたいと考えています。絶対にうまくいく約束はどこにもありませんが、失敗も含めてノウハウをオープンにしていくことで、未来へのヒントを残せると考えています。

    お菓子の向こう側で起きていること、挑戦していることを発信し、お客様やステークホルダーの皆様に知ってもらえるような仕組みごと作っていきたいと考えています。