生態系や地域社会を“再生”する旅がスタンダードになる? 3つの視点から考える、「リジェネレイティブツーリズム」
世界中で人々が家に閉じこもり、移動を制限されたパンデミックによる緊急事態。それは徐々に緩やかになり、再び人々が世界中を移動し始めています。そこで今回は、旅を通じて生態系や地域社会の再生を目指す「リジェネレイティブツーリズム」の現在地を、日本各地の宿や施設を紹介しながら探っていきます。
本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。
2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。
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TEXT BY SHINTARO KUZUHARA
サステナブルの先にある「リジェネレイティブ」
まだ見たことのない自然や文化に触れたい── 。こういった想いは旅の大きな原動力です。住み慣れた街を離れ、新しい環境に身を置く。写真には収まりきらない大自然に圧倒され、何百年と続く文化に刺激される。私たちは旅から影響を受け、旅に出る前とはちょっと違う自分として日常に戻ります。
そんな旅における新しい潮流として注目されているのが、「リジェネレイティブツーリズム」です。旅行や観光が、地域の自然や文化への再投資となり、中長期的な“再生”へとつなげる。ユートピアアグリカルチャーとして盤渓農場を中心に取り組んでいる「リジェネレイティブアグリカルチャー」が環境を再生しながら農作物を生み出すのと同じように、誰かが旅をすることで環境や文化の再生につながるのが、リジェネレイティブツーリズムという考え方です。
これまでも社会的な側面を持つ旅はありました。例えばそれらは “サステナブルツーリズム”と呼ばれ、「持続可能性」を目指していました。言ってしまえば、現状を維持し、これ以上環境や文化を壊さないようにしようということ。再生を目指すリジェネレイティブツーリズムは、サステナブルツーリズムよりもさらに一歩踏み込んだ旅の概念です。
「上勝町ゼロ・ウェイストセンター」は、町外から訪れた人たちが宿泊や観光を通じて、ゼロ・ ウェイストの理念を学べる施設となっている。(PHOTOGRAPH BY Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO)
3年かけて観光を再定義するハワイ諸島
リジェネレイティブツーリズムには、実際どんなものがあるのでしょうか。例えばハワイ諸島は、リジェネレイティブツーリズムに力を入れているエリアのひとつ。今回のパンデミック以前のハワイでは「オーバーツーリズム」が問題になっていました。2019年の訪問客は過去最高の1040万人。もちろん観光はハワイの経済を支える最も重要な要素ですが、あまりに人が多いことで、交通問題や環境破壊、生活費の増加など負の影響が深刻になっていたのです。その後、2020年に世界を襲ったパンデミックで観光客はいなくなり、想像を絶する多くの失業者が生まれました。観光業再生にむけて、ハワイ州観光局は、デスティネーション・マネジメント・アクション・プラン(DMAP)を策定。その中では、元に戻るのではなく、3年かけて観光の方向性を再定義し、住民とともに自然やコミュニティ、文化の再生を目指すリジェネレイティブツーリズムが掲げられました。
具体的なアクションとして、ハワイの自然保護の資金不足を解消する新しい税金の徴収、地域コミュニティの経済を刺激できるように地元の製品やサービスの購入を促進するプログラムの実施、主な移動手段になっている車の利用の制限など、自然資源の過剰な立ち入りを防ぐための予約システムの整備など、さまざまな可能性が模索されています。
ごみの分別や食材の収穫といった「アクティビティ」を通して学ぶ
そうした新しい旅のあり方に向けて、旅行者や観光事業者はどのような視点を持てばよいのでしょうか。日本での先進事例を元に、3つの視点で考えていきたいと思います。
1つ目は、旅のアクティビティについて。2003年に自治体としては日本初の「ゼロ・ウェイスト宣言」を行い、80%以上のリサイクル率を誇る町、徳島県の上勝町。ここに2020年にオープンしたゼロ・ウェイストセンターは、町民のゴミステーションでありながら、ゼロ・ウェイストの取り組みを町外に広げるための宿泊施設「HOTEL WHY」を併設しています。
「 HOTEL WHY」の客室にはアップサイクルされた廃材や古材を数多く使用。(PHOTOGRAPH BY Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO)
このホテルでは、チェックアウト時に、宿泊客自らが出したゴミを分別します。上勝町では、分別が細かく、なんと13種類45分別もあります。他地域ではざっくりとした分別で仕分けているゴミでも、適切に仕分ければまだ使える資源になり、それは町の収入になるのです。当然、捨てなければならないゴミを極限まで減らせるほか、上勝町のゼロ・ウェイストの歴史や仕組みの説明を聞くことができるなど、ごみ問題を学び、課題解決への実践が宿泊に組み込まれています。
HOTEL WHYの運営を担当する大塚桃奈さんによれば「宿泊者のなかには、上勝町での体験に感動し、今では移住して一緒に働いている」方もいるそうです。リジェネレンティブな旅が地域コミュニティの再生にもつながった事例でした。
ほかにも、東京からアクアラインで1時間半ほどの千葉県木更津市の山間にある「クルックフィールズ」も注目の取り組みです。 東京ドーム約5個分という広大な敷地に、循環型のオーガニックファームや酪農場、レストランやカフェ、ショップなどを有しています。ここに2022年11月、宿泊施設が「cocoon」がオープンしました。
この施設は「創る暮らしを体感するVilla」をテーマにしており、ディナーで食べる食材を自分で取りに行くファームツアーに参加できます(参加は任意だそうです)。クルックフィールズ内にある畑で、新鮮な有機野菜やハーブを収穫。土に触れ、植物に触れ、そこに住む生き物を観察する。自分たちの食べものが「提供される前」を体験することで、毎日欠かさず食べる必要がある「食」がこれから先どうあるべきなのか、考え実践するきっかけとなります。
「cocoon」では、季節の移ろいや自 然の循環を感じながら、畑や酪農、養鶏の 生産現場を巡るファームツアーを開催。
「食べる」ことで自然に触れる
この「食」の視点も、リジェネレイティブツーリズムにおいて非常に重要です。前述のファームツアーから始まるCOCOONの食体験は、収穫後に2つにわかれています。宿泊者同士の共有のキッチンで自ら調理する「takkaプラン」と、9席のカウンターでシェフが振る舞うディナーを楽しむ「perusプラン」です。前者では、 食材を分けあったり、それぞれの得意料理を振る舞い合ったりしながら、食を通じた新しい人のつながりを生みます。また、後者はシェフとの対話を楽しみながら食事ができ、自分たちでは知ることのなかったら食材の可能性や料理の奥深さを知ることができるのです。
スタッフの小高光さんは「僕たち日頃から当たり前のように自然に触れながら生活を送り、1日1日の自然の移り変わりや生き物達の営みの変化などをその身で感じながら時間を過ごしています。ここを訪れた方にも、そんな自然との触れ合いと循環をcocoonでの宿泊を通じて体験してほしいです」と語ります。
「食」という観点から取り上げたいのが、日本百名山のひとつ宮城県にある蔵王山の国定公園内の森に佇む、大人の森林温泉リゾート「ゆと森倶楽部」です。ゆと森倶楽部では、宿泊客がオーダーをしてから調理を開始するオーダービュッフェの「プリフィクススタイル」を導入しているのです。この方法を用いれば必要な提供量を適切に保つことでフードロスの削減しつつも、宿泊客は食べたいものを好きなだけ食べられるのでサービスの質を落とすことはありません。また、近郊地域の契約農家から食材を仕入れることで、フードマイレージ(食物を輸送する距離)の削減にも取り組んでいます。
「ゆと森倶楽部」の露天風呂からは、クリやコナラの自然林を楽しむことができる。
リジェネレイティブツーリズムにおける3つの視点「建築」
ゆと森倶楽部では、さらに施設にもリネジェラティブな点があります。温泉の加温などには、温泉廃熱を利用したヒートポンプシステムを採用。また夏場の冷房には、地下水を利用しています。これらの施策により、重油使用量を3割以上削減、CO2排出量も前年比4割減を達成しました。
宿泊施設や建築もリジェネレイティブツーリズムにおけるポイントです。都市に住む人々に、大自然の中にある「セカンドハウス」に住むライフスタイルを提供する「SANU」では、キャビンの設計・施工においては「いかに環境負荷を下げられるか」にこだわりました。大規模な森を切り崩しや大量のコンクリートを使う基礎工事など従来のリゾート開発方法を見直し、どんな素材を「使わないべきか」を考えたのです。コンクリートを撤廃し、代わりに工法を工夫することで自然環境へのインパクトを最小限に抑えました。その結果、従来建築に比べて30%超のCO2を削減。また木材はすべて国産材を使用。建設計画の段階から調達先を連携することで、不必要な伐採をすることなく木材を調達でき、それは二酸化炭素の削減をへとつながっていきます。
代表の本間貴裕さん、福島弦さんは「SANUが取り組むテーマは『人と自然の共生』です。デジタル化・都市化に伴う生活様式の変化、世界中で起きている気候危機の状況の中で、我々世代が取り組むべき最も大きなチャレンジです」と語ります。
木を使った温もりのあるインテリアと、外の景色 を取り込む大きな窓が特徴的な「SANU」。
建築の観点からもうひとつ注目したいのが、北海道で生まれ、道内の昆布や酒粕などを素材にするコスメティックブランド「SHIRO」が現在建設中の一棟貸しの宿「MAISON SHIRO」です。SHIROは「自分たちが本当に使いたいものをつくる」という信念のもと、素材探しから、開発、製造まですべて自分たちで行っています。また、素材の仕入先となる農業や漁業事業者との信頼関係を大切にし、ここと決めた生産者としか取引しません。収穫が多ければたくさん製品をつくり、少なければ製造量を絞る。生産者にあわせたものづくりを突き詰めてきました。こうした実直なものづくりを続けながら、今ではロンドンやニューヨークにも店舗を持ち、グローバルに展開するラグジュアリーブランドです。」
こうしたSHIROの姿勢は、一棟貸しの宿の建築方針にも貫かれています。「MAISON SHIRO」の建築において重要な役割を果たしているのは、森の成長を100年単位で考え、必要な間伐を行い、森を整備する木こりのみなさん。彼らと連携し、森からの資源から建築物の規模や中身を決めています。一般的には、建築物ありきで使う資源の量を決めていきますが、MAISON SHIROでは資源ありきで建築物を建て、それは森づくりに貢献することになります。ただし、そのデザインや居心地はラグジュアリーブランドの名に恥じない世界基準の一流を目指しています。(オープンは2023年の秋を予定)
北海道長沼町に建設される「MAISON SHIRO」。森と丁寧に向き合いながらオープン準備を進めている。
今の最前線は、10年後の当たり前
SHIROの創業者でブランドプロデューサーの今井浩恵さんはこう話してくれました。「SHIROはずっと、資源にあわせたものづくりをしてきました。まだ理解してくれる人は少ないですが、10年後にはスタンダードになっていると思いますよ。昆布を使って製品をつくったときも、最初は理解されませんでした。でも今では世界中にファンがいますから」。
旅で得た発見やインスピレーションを自身の日常生活に取り込み、自己変容につながる旅を「トランスフォーマティブ・トラベル」と呼びますが、リジェネレイティブな旅先での食やアクティビティが日々の行動の変化につながり、環境再生のためのアクションにつながっていく──。今回ご紹介したリジェネレイティブツーリズムはそんな未来につながる第一歩になっていくのかもしれません。