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地球環境のリジェネレイティブな転換は 「森林再生」から始まる

    地球環境や生物多様性の保全などの観点から、私たちの生活を支えてくれている森林。人間が適切に介入しなければその多面的機能は損なわれていくと考えられています。リジェネレイティブな未来に向け、私たちはどのように森林や生態系と向き合っていくべきなのでしょうか。「森林再生」に取り組む研究者や実践者たちと、その関わり方を探りました。

    本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。

     

    2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。

     

    ▷GRAZE GATHERINGの詳細・お申し込みはこちらから

    https://www.utopiaagriculture.com/products/graze-gathering/

    森林のもつ、さまざまな機能

    世界有数の森林国として知られている日本。森林面積は国土の3分の2に当たる約2,500万haにも及ぶと言われており、森林は地球環境や私たちの生活を持続可能にするために欠かせない多面的機能を持つことが知られています。

     日本学術会議の調査によれば、日本において森林は「生物多様性を保全する機能」「地球環境を保全する機能」「水源を涵養する機能」「国内木材生産・バイオマス生産」等々に寄与しているといいます。

     森林は生産・消費・分解・還元という栄養素循環の核を担っており、循環の過程で生物多様性を実現します。また、環境保全の観点においても森林は光合成を通じて毎年4850万トンもの二酸化炭素を吸収すると言われており、森林の保護/保全に継続的に取り組むことによって地球環境を抜本的に改善するポテンシャルを持つことが示唆されています。

     しかしながら、管理・施業という「森づくり」の観点において課題を抱えているのが現状です。日本の森林の約4割を占める人工林は、林業事業者の減少などで整備が行き届かず、その能力を十分に発揮できていない側面があります。

     高度経済成長期に一斉に展開された人工林は、植栽、下刈り、間伐といった森林整備を前提に設計されており、整備を怠ると、森林の二酸化炭素吸収量は減少する他、地盤の浸食や崩壊を防ぐ効果を低下していきます。つまり、日本全国に点在する機能低下が発生している(死んだ)森を再生することが急務となっているのです。

    日本の人工林のほとんどはスギやヒノキなどの針葉樹で構成されるが、日本本来の植生はブナやコナラなどの広葉樹林。

     

    「森林」への適切な介入

     森林再生のためのアプローチは多々ありますが、そのなかでも土壌の回復に寄与する(リジェネレイティブな)「食糧生産と森林再生を両立する林間放牧(混牧林経営)」と「森林機能の最大化を目指す潜在自然植生の実現」について考えます。

     はじめに、林間放牧は森林内に牛や馬を継続的に放牧しながら林業利用を実践するアプローチです。家畜の糞尿を堆肥として草木を育てたり、家畜が餌を獲得する過程で草刈りしたりと畜産業と林業との相乗効果を目指す手法です。

     ユートピアアグリカルチャーが実践する「多様な動物と植物による森の活性化」のモデルファーム「FOREST REGENERATIVE PROJECT(以下、FRP)」では、林間放牧を拡張することで、食糧生産と森林再生を両立するエコシステムを設計しています。

    気候変動や人口増の問題が前景化している現代において求められるのは、地球環境を保持しながら食料を生産する方法を確立することのはず──。そんな仮説をもとに、多様な動物が森に入り込むことで炭素循環が進み、土壌の微生量が増え、さらには植物の多様性が上がり土壌が活性化する状態(=肥料なしや森林管理なしでも多様な動物や植物が育つ状態)を目指しています。

     FRPの実験に共同研究者として参画する北海道大学准教授の内田義崇さんは、森林再生の重要性について次のように語ります。

     「森林は二酸化炭素を吸収/固定することで、私たちのエネルギー源(タンパク質や糖)を生産できる貴重な資源です。環境問題が深刻化する中でこの資源を利用しない手はありません。ただ、その際に重要なのが人間と森林との最適な関わり方を探っていくことです。人間の干渉により、どれだけの二酸化炭素を土に貯めることができて、どれだけの上質な食料を作り出せたのか。森林の成長を長期間計測することで、人間が生態系に介入することのメリット・デメリットを慎重に効果検証することが大切です」

    森林を土地本来の姿へと再生

    次に紹介するのが、人の介入が入らない土地本来の森(=潜在自然植生)が環境保全機能や災害防止機能を最大限発揮するという考え方に基づいた森林再生のアプローチです。植物生態学者の宮脇昭さんによって提唱された「Miyawaki method(宮脇方式)」として広く知られている手法です。

     宮脇方式は、その土地の潜在自然植生に基づくポット苗を、1ヘクタールあたり3万−4万5000本ほどの(一般的な植林では1ヘクタールあたり3000-6000本ほど)超高密度で植える森林再生法です。混植・密植で植林し、人為的に自然淘汰の状況をつくることで、土壌を育み、植物の成長を促すアプローチです。クレメンツの遷移説によると通常の森林は人の介入がなければ200〜300年かけて潜在自然植を達成すると言われていますが、宮脇方式は混植・密植により、その状態を僅か20〜30年で達成します。

     また宮脇方式は普遍性・汎用性の高い手法と言われており、植樹祭に参加すれば誰でもポットの苗の植林に参加できることも相まって、インドや中国など世界中で実践されています。

     

    既存の植生を生かしたアプローチ

    そんな宮脇方式の実践と最適化を模索しながら、森づくりに取り組むプレイヤーがいます。非営利型一般社団法人Silvaです。神奈川県横須賀市にある「湘南国際村めぐりの森」をフィールドとして、従来の混植・密植(宮脇方式を含む)を山岳部の緑化のためにアレンジした、生態系回復機能式の森づくりを実施しています。

     代表理事を務める川下都志子さんは、Silvaの実践している森林再生の手法は、都市緑化と相性の良い宮脇方式を山岳部向けにアレンジしたものだと語ります。

     「Silvaの森林再生(生態系機能回復式 植生復元)の特徴は、既存の植生を利用しながら森林を潜在自然植生へと遷移させる点にあります。土壌に空気と水の循環を生み出す『通気浸透水脈改善』や、木が立ったままの状態で樹皮をむいて立ち枯れをさせる『皮むき間伐』を実践することで、半年〜1年かけて森林や土壌のメンテナンスをしていく。これにより元々あった植物・土壌を排除することなく、その土地の土壌の生態系を活かしながら効率的にポット苗を育成することができます」

     従来のアプローチでは、植樹のために新しい土を持ち込み、重機によってマウンドをつくる必要がありました。しかしSilvaの手法では大規模造成や大型重機を使用しないため、コストを30〜50%削減しつつ、山岳部の隅々までの緑化が可能になりました。

    Silvaが活動拠点とするめぐりの森では、これまで6万7千本以上の苗が植樹されてきた。

     

    また、Silvaでは森林や土壌の評価にも注力しています。横浜国立大学名誉教授の青木淳一さんの指導のもとに、土壌動物による森林評価方法を実施。土壌に生息する種の構成や特定の種の生理生態的反応を解析することで、森林の現状の環境や今後の森林の育成方針を明確化する手法です。

     「土地本来の森を復元するためには、15年後や30年後を見据えて植生の変遷を予測する植生シナリオの作成が必要です。シナリオは一度決定して終わりではありません。季節ごとに森林を調査し経過を見守ることで、改善施策を検討し続けることが重要です」

     

    森林再生への”関わりしろ”をつくる

    さらにSilvaが特徴的なのは、森林コンサルティング事業や森林教育事業を通じて森林再生のメソッドを広く社会へと普及したり、植樹祭の開催を通じて地域住人や子どもたちに森づくりへと関わる機会を提供するなど、協働参加型の森づくりを実践している点です。

     「森林再生には専門的な知識や大掛かりな作業が必要で、素人は関わる余地がないと考える方も多いのではないでしょうか。しかし、宮脇方式の登場により、植樹祭に参加してポット苗を植えるだけで、誰もが簡単に森づくりへ貢献できる時代がやってきました。私たちの生活を守り育む森林は社会共通の資源であるからこそ、一人ひとりが森林との”関わりしろ”を見出していくことが重要なのではないでしょうか」

    Silva代表理事を務める川下都志子さん。

    一方で川下さんは森づくりにおける協働の仕組みづくりにはまだまだ課題感が残ると続けます。非営利型一般社団法人であるSilvaは、企業や団体、個人からの費用を活動資金としており、延べ1万人を超えるボランティア参加者によって活動が支えられています。しかし、Silvaのような森林再生の取り組みを社会のより広げていくためには、課題解決へと取り組む当事者へのインセンティブを整備していくことが重要なはずです。

     日本の森林の有する多面的機能は一部を貨幣価値に還元できると言われており、二酸化炭素吸収であれば1兆2,391億円、土砂災害防止であれば28兆2565億円、水質浄化であれば14兆6,361億円もの経済効果を年間にもたらすと言われています。

     森林の機能回復を実現することで、多くの経済的メリットを得られることが分かっているにも関わらず、森づくりに関わる事業者が十分な活動資金が得られていない……。環境省でも自然資本関連の経済的インセンティブに関する検討会が実施されているものの、明確な結論は得られておらず、継続した議論が求められています。

     

    ReFiという新たな潮流

    Silvaによるアプローチ以外にもさまざまな取り組みが存在しますが、なかでもブロックチェーン技術やDAO(分散型自律組織)を活用することで自然資本への経済的インセンティブを設計する「ReFi(Regenerative Finance)」と呼ばれるムーブメントにも注目が集まっています。

     ReFiのプロジェクトでは、日常で排出される二酸化炭素の量に見合った金額を環境保全活動へと投資するカーボン・オフセットをNFTの売買によって実現します。NFTを用いることにより、個人による少額の取引が行いやすくなるとともに、クレジットの二重発行や二重使用が回避しやすくなります。

     たとえば、MOSSはアマゾンの熱帯雨林の保護へと取り組むプロジェクトです。地元の土地所有者と農民が、土地を焼き払って家畜を放牧するよりも土地を保護して回復することで、大きな経済的利益を実現できるエコシステムの構築を目指しています。企業や個人は、MOSSの発行するカーボンクレジット付きトークンを購入することで、地元の森林保全プロジェクトを支援することができます。

     ReFiの取り組みや協働参加型の森づくりの実践など、私たちと森林との関わり方は広がりつつあります。森林はリジェネレイティブな未来を支える社会共通の資源であるからこそ、一人ひとりが森林との向き合い方を捉え直し、社会全体で森づくりを実践することが大切になっていくはずです。

    出典クレジット

    日本学術会議『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について』

    東京大学大学院農学生命科学研究科『Carbon stock in Japanese forests has been greatly underestimated』

    ポール・ホーケン『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』

    林野庁『森林・林業・木材産業の現状と課題』 

    宮脇昭『森の力 植物生態学者の理論と実践』

     

    PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

    TEXT BY KAI KOJIMA