Cart

お客様のカートに商品はありません

「受け取り力」と「プロセスの体験」がキーワード!? 「おいしさの未来」を巡る鼎談:石川伸一 × 鎌田安里紗 × 宮下拓己

    「おいしい」と思う感覚はどのように変わりうるのか。おいしさの未来を担保する食材とは? そんな疑問を解き明かすべく、3人の専門家による鼎談が開催。分子調理学を専門とし、「食の未来」について発信を続けてきた宮城大学教授の石川伸一さん、エシカルファッションに関する実践や発信に取り組んできた一般社団法人unisteps共同代表の鎌田安里紗さん、そしてLURRA°共同オーナーの宮下拓己さんと「おいしさの未来」を考えました。

    本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。

     

    2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。

     

    ▷GRAZE GATHERINGの詳細・お申し込みはこちらから

    https://www.utopiaagriculture.com/products/graze-gathering/

    おいしさの感覚を拡張する秘訣は「受け取り力」にある?

    ──今日は「おいしさの未来」という大きなテーマについて、ぜひ皆さんと議論していければと考えています。宮下さんはレストラン「LURRA°」の共同オーナーであり、このGG MAGAZINEでも連載を担当してもらっています。まず「おいしさ」って何だと考えていますか?

    宮下:LURRAは「日本の文化と季節のショーケースを京都から発信する」ことをコンセプトにしているのですが、レストランという場所で感じる美味しさは、味覚だけの話ではないと思っています。みんなでテーブルを囲んで同じものを共有したり、楽しかったと感じたり……五感を含めた体験としての「おいしさ」を追求しています。また、記憶の観点から考えると、2日くらいすると「何がどう美味しかったのか」って思い出せない気がするんです。それよりも「あの瞬間は心地よかったな」とか、そういう余韻が残る体験をつくりたいんです。

    鎌田:宮下さんの話を聞いていて思ったのですが、レストランで食材や料理へのこだわりや生産過程を説明してもらえると、自分の知識や感覚だけではたどり着けない新しいおいしさに出会える気がします。「どんなふうに味わえばいいのか」という受け取り方の知識やセンスを共有してもらえると、その都度「受け取り力」を高めていけると思うんです。わたし自身もショップ店員時代に服づくりの過程に興味をもち、工場に足を運ぶようになってコーディネートを組む楽しさだけではなく、つくる過程の面白さも理解して伝えられるようになっていったんですよね。

    LURRA°の料理は薪火で調理される。火が見える、パチパチと音がするなど、料理を五感で“味わう”体験だ。

     

    宮下:いいですね。ぼくが飲食業界で働いていて一番美しいと思うのは、シェフたちが悩んでいる瞬間なんですよね。結果だけではなく、それが生まれるまでのプロセスにおける悩みや苦しみは内側の人しか見られないじゃないですか。完成品だけを伝えるのではなく、その裏側の大変さを伝えることも大事だったりしますよね。

    鎌田:面白いです。わたしも「服のたね」という、コットンの種を育てる過程から服づくりを体験してもらうプログラムを始めて5年ほど経ちます。参加者の方に自宅のベランダや庭でコットンを育ててもらい、とれた白いふわふわの綿を紡績工場さんに持っていき、生地工場さんで生地をつくってもらい、みんなでデザインを考えて1着の服をつくる参加型の企画です。そうしたプロセスを体験してもらうと、生産過程の面白さやそこで起きている問題を実感してもらえるんです。例えば、店頭で「オーガニックコットン」というキーワードを見てもそこまでリアリティが湧かないじゃないですか。でも、情報に触れたときに服づくりに関わった経験があると身体のなかから思い出せるはず。プログラムに参加してくれた方が「服って本当に植物だったんですね」と言ってくれたのがいまでも印象に残っています。

    石川:鎌田さんの受け取り力の話がすごく面白いと思って聞いていました。わたしは分子料理を専門としているのですが、大学で担当している授業で一コマ分を使って「おいしさ」について講義する回があるんです。なので、本当は説明するのに90分ほどほしいのですが(笑)、おいしさの定義という観点では3つの要素があります。1つ目は食べ物の成分や食感。2つ目は食べる人の心理状態などの生理的な要素。3つ目は食べるときの環境、どこで誰と食べるのかといったものです。教科書的な定義はありつつも、おいしさは本当に千差万別で、価値観は人それぞれだという気がしています。なので、受け取り力がその人の主観的なおいしさをかたちづくるし、結論的には得体のしれないものだと思っています(笑)。

    長期的な目線で「変化」を体験してもらう

    ──続いて「リジェネレイティブとおいしさ」というテーマについてもぜひ皆さんに伺いたいです。リジェネレイティブアグリカルチャー(環境再生型農業)などの取り組みは、生活者の皆さんからは遠い話のようになってしまって、なかなか伝えるのが難しく、「おいしい」という感覚とも結びつきにくい気がしているんです。

    鎌田:リジェネレイティブアグリカルチャーの場合は、土壌や森林の再生といった環境の変化を捉えるための時間軸が長そうですよね。1年で作物を育てるよりも、長い時間をかけて農場と関わりをもち続けないと、なかなか体感しにくい気がしています。いま都会で暮らしていると、食材はスーパーなどのお店で買いますし、料理して食べて、ごみはごみ捨て場に捨てて、そこから先どうなっているかがわからないですよね。わたし自身は家でコンポストをやっているので、その循環のプロセスを垣間見れるけれど、資源がどこから来てどこに行くかについてはわからない部分も多い。だから、食の循環の実感も湧きにくいです。現地に行って体験してもらうことと同時に、それ以外の接点でもプロセスを体験してもらえる仕組みがあるとよいですよね。

    服は毎日着ていても、植物としてのコットンを触ったことのない人も多いのでは。

     

    ──ありがとうございます。ユートピアアグリカルチャーでは札幌から車で約20分の盤渓の山で、森林の再生による温室効果ガスの吸収と農業の事業性の両立を目指した「FOREST REGENERATIVE PROJECT」に取り組んでいます。そのモデルファームには平飼いの卵の自動販売機があったり、今後はGRAZE GATHERINGメンバーを招いたオープンデイを予定していたりと、体験してもらう場をつくっていきたいと思うんですよね。

    宮下:ぼくもぜひ盤渓に伺ってみたいですね。自分はLURRA°のほかに、土壌の再生と気候変動問題の解決へ寄与することをミッションとして「環境再生型有機農法」のアプローチをとる「Overview Coffee」にも関わっています。ポートランドで発足した取り組みなのですが、創設者たちが「成人した人間がコーヒーを1日1杯飲むとして、使われている豆がリジェネレイティブなものであれば、1杯のコーヒーは小さいアクションかもしれないけれど、それは長い目で見れば社会に対しての大きなアクションにつながる」と言っていて、すごく共感したんです。結局、「リジェネレイティブ」の考え方を全員が理解する必要はないと思いますし、あえて意識しなくても生活のなかに商品が当たり前のように存在する状態が本当のゴールなのかな、と思っています。

    石川:そうですよね。目の前にある具体的なものから想像してもらうしかないな、という気がしています。それこそユートピアアグリカルチャーさんが提供している「チーズワンダー」を食べることで、放牧牛乳のおいしさを理解してもらう試みは素敵だなと思っています。

    身近な食べ物にも技術革新は起きる。石川さんが生み出したシート状の梅干しや漬物を巻いたおにぎり。

     

    天然、培養、植物性

    ──ありがとうございます。「未来のおいしさ」を考えるうえで、畜産の環境負荷は避けて通れないテーマだと思っています。石川先生には以前、「2050年、お肉の未来はどうなっているか」というテーマで短編SFを寄稿してもらったことがあり、そこでは「天然」「培養」「植物性」の3種類の肉から消費者が選択する未来が描かれていましたよね。

    石川:はい。培養肉に関してはいまシンガポールで販売は始まっているのですが、普通の人にとってそれを選ぶ理由がまだないというのが正直なところだと思います。また、「食文化」は保守的でなかなか変わりにくいものだとも思うんです。「三つ子の魂百まで」ではないですが、人が食べる物って一生の間に劇的に変わらないだろうと。その一方で、料理自体は牛丼ではあるものの、30年後にはその肉が植物性や培養のものに変わっている未来はあり得る気もしています。劇的に食べる料理が変わるよりも、食材やつくり方が少しずつ変わっていくようなイメージですね。

    宮下:ぼく自身も含めて日本人は命に対してありがたみを感じながら食べていると思うのですが、培養された肉の場合は何に対して感謝すればいいのかわからない、と思うんです。一方で、植物性に関してはレストランでもさまざまな動きがあります。ニューヨークにある「Eleven Madison Park」というレストランは数年前にプラントベースフードに完全に移行しますと発表しており、これまでバターやお肉を使っていたようなお店もシフトが始まり、これから飲食業界も変わっていくかもしれません。

    LURRA°が提供する一皿。食べる前にじっと見つめて、お皿の上の「空間」も楽しみながら食べたい。

     

    ──面白いです。そうした未来を踏まえて、人々の価値観はどのように変わっていきそうだと考えますか?

    石川:そうですね。畜産に比較して培養肉のほうが水使用量が少なかったり、温室効果ガスを出さなかったりと、環境上のメリットはいろいろありますよね。たとえば「肉を購入するときに人々は何を重視するか?」に関する調査研究はいろいろありまして、環境要因で培養肉を選ぶ人は少ないようなんです。やはり「おいしさ」や「健康」といった要因が大きいんですよ。その一方で、当たり前の話かもしれませんが、教育水準が高く、高収入な方々は環境意識の高い商品に対して受容性が高いという報告もあります。なので、環境再生に寄与する商品を多くの人に買ってもらうためには、環境負荷が低いことを訴求するだけではなく、人々の「受け取り力」を刺激し、おいしいものをつくることが何よりも重要だと感じています。

    ──放牧牛乳やその素材によるお菓子のおいしさを皆さんに体験してもらいつつ、「リジェネレイティブアグリカルチャー」の重要性を理解してもらえるように情報発信にも取り組んでいきたいと思いました。皆さま、今回はありがとうございました!