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工学デザイナー・川本尚毅さんと完成させた循環する卵のパッケージ

    ユートピアアグリカルチャーの平飼い卵を届けるための、特別なパッケージ。繊細な食材を運ぶための強度だけでなく、運送時のオペレーションを踏まえたスタッキング機能、ご自宅で開けて使いやすく、捨てやすい構造。そしてインダストリアルで機能的な佇まい。

    1枚の段ボールから生まれる強さと実用性は、1ミリ単位の調整と実験を繰り返しながら到達しました。デザインを手掛けた川本尚樹さんと、環境、実用性、コンセプト、3つのアプローチからパッケージに折り込まれた秘密に迫ります。

    川本尚毅(カワモトナオキ)

    工業デザイナー/N and R Foldings Japan代表。1980年広島生まれ。東京で環境デザインを学んだ後に渡英。2つの大学でイノベーションデザインエンジニアリングを学び、メカニカルエンジニアリングとマスターオブアーツの2つの修士号を取得。のちにロドリゴ・ソロッサーノ氏とともにN and R Foldingsを設立。ロンドンと横浜、メキシコの3拠点から、「折る」行為をメインに据えたオリジナルプロダクトの他、国内外でアーティストや企業のプロジェクトに携わる。

     

    ――パッケージデザインを担当されたきっかけは何ですか?

    川本:今回、卵のパッケージをアップデートできないかというお話からスタートしました。社名のFoldには「折る」「畳み込む」の意味を持っていて、折り畳みの機構を組み合わせたデザインを得意としています。代表的なプロダクトですと、折り畳んで立体になるハンドクラッチバックなど、2Dから3Dになり、そして2Dに戻せるプロダクトを多く手掛けています。

    N and R Foldings公式サイトより引用 BAO BAO PARK EDITION #04  

    川本:嬉しいことに「自由に考えてみてください」とお声かけいただいたので、多面体や折り紙の機構をテーマにしてアップデートできたらいいな、と考えていたんですよ。もちろん、得意な領域を生かすべきかはリサーチを重ねました。結果、「折り」の機構が様々なシーンに耐えうる強度と機能を叶えられそうな兆しがあったので、良かったですね。

     

    ――特に意識したポイントは何ですか?

    川本:特に環境面、実用性は意識しています。卵が詰めて運ばれ、使われるシーンなどリサーチを重ねて、最適解を探りました。ここから詳しくお話しますね。

    高度なリサイクルシステムが確立された資材で作ること

     

    ――環境面について考えたことを教えてください。

    川本:まずパッケージの素材は段ボールを採用しています。そもそも段ボールはすでに高度なリサイクルシステムが構築されているんですよ。まず、素材はリサイクル率が高いことが決め手になりました。再び段ボールになって戻ってきたり、あるいはまた別の紙になったり、工業として循環が完成されています。

    ――紙製の卵パッケージがあるかと思いますが、なぜ段ボールですか?

    川本:ペーパーモールドのことですね。リサイクルした紙を型入れて乾燥させてつくる素材で、確かにリサイクルされたものが使われいて、高級な卵のパッケージによく採用されるため一度は検討しました。ただ、オリジナルで作ろうとすると相当なロット数が必要で、現実的ではなかったんですよ。また、既存の型から選んでシールを貼るだけである程度形になってしまうのも、どこか物足りなくて。頑丈なのは良かったのですが、かえって潰して捨てづらいことがネックになり、候補から外しました。

    川本:立体が平面に戻りやすい構造で、かつ段ボールという素材であれば、リサイクルのしやすさが格段に良くなります。段ボールはプラスチックやパルプモールドよりも潰しやすく、リサイクル性が高いだけでなく、クッション性があり、コスト面でも魅力でした。目指したのは特殊な工程をせずに組み立てられる、リサイクルを前提にした卵のパッケージです。

     

    ――段ボールだけで作られていますか?

    川本:はい。注力したのは、最後には一枚に戻せる構造です。付属のパーツやテープは使わず、市販のパッケージと同じ機能を満たしながら、いかに一枚で完結するかにこだわりました。

    ――サブスクリプションで毎月届いたパッケージは、リサイクルしやすいことも大切ですね。

    川本:構造的にシンプルで、使い終わった後も潰してフラットになり、ばらばらと付属のゴミがでないことも大切ですね。ゴミの日に出しやすければ、最終的に何かしらの形で僕らの生活に戻ってこれるし、一番いい送り出し方ではないでしょうか。

     

    強度と実用性を叶える、1ミリ単位のせめぎ合い

     

    ――実用性について考えたことを教えてください。

    川本:実用性を高めるため、事前にパッケージを巡るあらゆるシーンをお伺いしました。どういう空間で組み立てられ、卵が詰められ、運ばれ、どんな方にどう消費されて、その時どのように卵が置かれてて、その後どうなるのか……。神経を使ったのはやはり配送時の安定性ですね。素材、構造、細部まで、とことん頭を絞りました。

     

    ――いくつか特徴を教えてください。

    川本:例えば、中央の柱のような部分があります。パッケージを積み重ねると、下段の柱がパッケージの底面に刺さってかみ合うような作りになっています。ストックする時は重ねて置けますし、運ぶ時は揺れに強いのでまとめて作業がしやすいよう、工夫をしました。

    川本:他には、ゲタと呼んでいる突起部分があります。配送時に荷崩れを防ぐと同時に、何かにぶつかった時、車のバンパーのようにある程度の衝撃を吸収してくれます。

    さらに、このゲタが勝手にフタが閉じないようなロック機構になっているんですよ。個人的に料理の最中、卵をいくつか出す時に「なんで勝手に閉じてしまうんだろう」と使いづらさを感じていたので、うまく機能が組み込めて良かったです。

     

    ――一つの構造にいくつもの役割や機能が組み込まれているんですね。

    川本:こうしたディテールが機能するように、ちょっとした突起部分の高さや溝の幅を1ミリ単位で調整しています。段ボールの厚さや種類によってクッション性や加工性が変わるので、設計を作ってはカットし、調整をとにかく繰り返しました。

     

    ――卵なので気になるのはクッション性ですが、どのような工夫がありますか。

    川本:クッション性についてはとことん悩みましたね。中に緩衝材を一つ入れるのは簡単ですが、一枚の段ボールでの可能性を探りました。当初はクッションとなる折り込みレイヤーを増やそうとしたのですが、今度は展開図が大きすぎるのが新たな問題に。

     

    ――段ボール一枚で完結する設計だと、どんどん縦長になってしまうのですね。

    川本:そもそもパッケージは量産することが前提なので、理想は規格サイズに展開図が収まっている状態です。自前で規格外の段ボールを加工するには、コスト面でも現実的ではありませんでした。いかに規格サイズで強度と機能を満たすのか、最後はそのせめぎ合いでしたね。

    ――完成するまではどれぐらいの期間でしたか。

    川本:去年の秋から、3月頃まで約半年間です。輸送や耐震などの検証がはじまってからは、調整にかなりの時間を割きました。いやぁ、実際にスーパーで売られてる卵のパッケージがいかに優秀か、改めて実感しましたね。

     

    コンセプトを体現するインダストリアルデザイン

     

    ――ユートピアアグリカルチャーの循環型酪農や今回のサブスクリプションサービスについて、どのようにパッケージで表現されましたか?

    川本:お話を伺って浮かんだのは、いわゆる酪農っぽくない、最先端の研究所だとか、何か新しいものが生み出されるラボのようなイメージでした。完成してみて、食品のパッケージなのにソリッドでクールな印象や、ユニット化された作りはイメージに合うし、個人的にもしっくりきています。

     

    ――日常的な素材を使いながら、新しいイメージを想起させますね。段ボールで今までにないパッケージを、卵や牛乳から新しい循環を目指すユートピアアグリカルチャーにぴったりです。

    川本:リサーチしてみると、段ボール素材の卵パッケージでかつ市販モデルってあまり無いんですよね。業務用の大きなものか、量産していないプロトタイプの作品がほとんど。では、なぜ誰もやっていないのか?実際にデザインするなら無視はできない疑問です。

     

    ――うまく作れそうなのに、まだ誰もやっていない?

    川本:世の中は本当によくできていて、あらゆる最適解はすでに製品として流通しています。ですから、多少のリスクがあったり、実は難しかったり、いくつか作れない理由があるはず。なかなかの挑戦ですが、新しいアプローチで攻めて、アップデートできたら面白いんじゃないかと感じました。

    川本:風呂敷のように、折り畳んで包むことは日本的なバックグラウンドのある文化と言えます。1枚でものを包んで再び1枚に戻る、平面と立体の機構を、段ボールを使いながら新しいパッケージを実現できました。

     

    ――卵をつつむためアップデートされた風呂敷!

    川本:確かに、風呂敷で卵をそのままを包むのは難しいですね。卵は世界中で食べられていますし、海外にお届けできたら文化的な背景も一緒にお伝えできるかもしれませんね。

     

    ――いくつも試作されたとのことですが、今の形になった決め手は何ですか。

    川本:通常のプロジェクトですと、生産数やロット、材料の入手性、ビジネスサイズなどが最適解に決める要素になります。

    ユートピアアグリカルチャーは現実的な制約とは別に、目指したい世界観やビジネスアイデンティティーを強くお持ちでした。そうしたアイデンティティを内包しながら、パッケージを巡る循環において、環境面や実用性の最大公約数を導くことができました。

     

    ――たくさんの方にお届けできることを楽しみにしています。ありがとうございます。