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2050年、お肉の未来はどうなっているか

肉のない未来

20XX年の誕生日、ごちそうを食べたくなった『わたし』は、肉を買いに出かけた。子供の頃は、誕生日に焼き肉を食べるのが恒例だった。肉がジュージューと焼ける香ばしい匂いと、タレの甘い匂いを思い出しながら車に乗った。

自動運転の車内で1時間が経ち、うたた寝しそうになったとき「△△精肉店前に付きました」と車内アナウンスが流れた。この街で唯一肉が買える店である。現在、ウェブサイトなどでの肉の販売は制限されている。価格が異常につり上がってしまうためだ。

自分の個人識別カードを店の入り口のパネルにかざし、ロックを解除して店内に入った。3種類の肉が、それぞれ個別のショーケースに入れられ、きれいに飾られている。その中の1つの手前に立つと、肉用照明のスポットライトが点灯し、ロボットが説明を始めた。

「こちらの肉はとても“フレッシュ“です。冷凍してからまだ3年未満です。」

冷凍技術が向上し、肉は以前より長く保存ができるようになった。しかし、価格は上がり続けている。値段を聞き驚いた。肉100gが給料1ヶ月分とほぼ同じなのだ。

わたし「また、値上がりしたんですね。」

ロボット「はい。国への肉供給が、この1年間、ストップしています。それに伴い、“肉税“が上がったためです。」

今日は、特別な誕生日のお祝いをするつもりだった。子供の頃の暖かな思い出に浸りたかった。だが、肉を買うことで、これからの生活費が無くなってしまうのは困る。

わたし「…また今度にします。」

そう言って、店を後にした。

しかし、「また今度」はもう無いかもしれないと、ふと思った。最近、肉のかけらを食べたのは5年前、会社の創立パーティでのことだ。次に肉を見る日は、いつになるのだろうか。

 

肉の現在

「肉のない未来」の舞台は、上記のような世界だ。まず、家畜の生産は、温暖化や異常気象などの気候変動により、たち行かなくなっている。その救世主と見られていた培養肉の製造も、技術的なブレイクスルーが起こらず、設備費や電気代がかかる上、二酸化炭素やメタンなどの削減にも貢献できていないとされ、社会に普及するまでには至らない。結局、昔ながらの畜産がごく限られた土地で行われ、そこで生産されるわずかな肉に世界中からの需要が殺到し、一般の人たちが食べられる食材ではなくなっている。悲観的すぎる設定に見えるが、完全なフィクションになるとも限らない。

在、「新しい肉」として植物性の代替肉や培養肉が注目されている。植物性の代替肉は、すでに様々な場所で使われていると感じる人もいるだろう。きっかけになったのは、世界的な人口増加である。2021年の世界人口は78億7500万人だが、国連の推計では2050年には97億人に達するとされている。

急増する世界の人々の命を支えるには、当然、たくさんの食べ物が必要だが、今後の人口増加に追いつかないと心配されているのが、タンパク質源の供給である。さらに単純な人口増加に加えて、新興国での食肉需要が急速に拡大していることも、今後の肉不足の要因になると考えられている。

将来、特に不足する可能性が高いのは牛肉だ。家畜のなかでも体の大きい牛は、じつにたくさんの飼料を食べる。農林水産省の試算によると、1キロの牛肉を作るのに必要なトウモロコシは11キロなのに対して、豚肉は6キロ、鶏肉なら4キロのトウモロコシで済む(日本の飼養方法を基にしたトウモロコシ換算による試算、農林水産省作成)。トウモロコシなどの飼料を栽培するには、当然、大量の水も必要であり、牛肉1キロを作るのに必要な水は2リットル以上であり、地下水を利用している地域では、過剰なくみ上げが問題になっているところもある。

代替肉や培養肉が注目されている理由のもうひとつは、家畜が地球温暖化に影響を与えていることである。国連環境計画の調べでは、人間の活動による世界の温室効果ガスの排出量は、CO2に換算すると553億トンにのぼり、その約15%は家畜に由来するものだといわれている。なかでも牛は環境負荷の大きく、家畜関連の温室効果ガスの3分の2を排出している。

牛や羊などの反芻動物は、食べたものをいったん口で咀嚼して胃に送り、その後、また口に戻して咀嚼し再び胃に送る。牛が反芻して消化をしている間、胃の中では食べたものが微生物の働きによって発酵し、絶えずメタンが発生する。このメタンは、CO2の25倍もの温室効果があるといわれている。発生したメタンは牛の体内で吸収されることなく、大気中に主としてげっぷとして放出され、地球温暖化の原因のひとつなっている。

このように牛肉の生産は環境に大きな負荷をかけていることが、培養肉や植物肉がクローズアップされるようになったきっかけである。

環境に対する負荷を抑えて、世界の人口爆発にも対応できる。しかも、生き物の命を奪わずに生産するので動物福祉の観点からも注目され、また近年増えつつあるヴィーガンやベジタリアンをターゲットにできる可能性もある。

現在、フードテックのスタートアップ企業は、新しい代替肉や培養肉を開発しようと激しい競争を繰り広げている。いろいろな「肉」が開発され、それらが社会実装された未来はどのようになるのであろうか。そんな場面を一つ夢想してみよう。

 

肉が選べる未来

20XX年の誕生日、ごちそうを食べたくなった『わたし』は、肉を買いに出かけた。子供の頃から焼き肉は好物で、食べるときはいつも幸せな気分になる。肉がジュージューと焼ける場面を思い描くと、車の中に香ばしい匂いまで漂ってくるようだ。

自動運転の車内で10分経たないうちに、「△△スーパーマーケット前に付きました」と車内アナウンスが流れた。日頃、買い物のほとんどはウェブサイトで済ませているが、特別な日の肉は実際に自分の目で見て買いたいと思った。

スーパーの生鮮食品エリアの一角には、たくさんの肉が並べられていた。いちばん手前にある3種類の肉はどれもよく似ているが、それらには「天然」「培養」「植物性」などの異なるラベルが付けられている。値段は「培養」と「植物性」がとても安いのに対し、「天然」は高価格である。今日は迷わず、「天然」の肉を手にとった。

普段、よく食べるのは「培養」の肉だが、時々、奮発して「天然」を食べるのも楽しい。「植物性」より「培養」を好んで買うのは、「培養」が動物性の細胞からできているからだ。わたしが子供の頃によく食べていた肉が、動物性(今で言う「天然」)なので、慣れがあるのかもしれない。

今の若い世代が最初に食べた肉は「植物性」が多い。そのためか、「植物性」を好む人が比較的多いと言われている。今では、肉の種類だけでなく、生産過程の違いからも、個人の好みに合う肉を選べるようになった。

焼き肉で食べた「天然」の肉は、きれいで、いい香りがして、すこぶるおいしかった。スーパーで購入した肉は、工業的な畜産ではなく、放牧中心の畜産によって生産されたものだ。アニマルウェルフェアにも配慮されて、その肉は生産されている。

 

筆者:石川 伸一さん

専門は分子調理学、関心は食の未来学。「食」をサイエンス、アート、デザイン、エンジニアリングとクロスさせて研究。著書に、分子調理の日本食、「食べること」の進化史、料理と科学のおいしい出会い、監修本に、食の科学~美食を求める人類の旅、 フードペアリング大全 など。

略歴:東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)などを経て、宮城大学食産業学群教授。