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ビジネスの力で地球規模の課題に立ち向かう 「事業性」と「社会性」を両立するこれからの会社

    気候変動や食料危機といった全球的な課題にアプローチする企業が数多く登場しています。「世界で一番」ではなく「世界にとって一番」を目指す企業はどのように運営されているのでしょうか?地球環境の再生・保全に取り組む企業の現在地とこれからを、実践者の声とともに考えます。

    本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。

     

    2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。

     

    ▷GRAZE GATHERINGの詳細・お申し込みはこちらから

    https://www.utopiaagriculture.com/products/graze-gathering/

    アパレルショップで一目惚れをしたTシャツを購入した帰り道に、スーパーに立ち寄って新鮮な卵と牛乳を買って帰る──。そんな身近な消費が環境問題へのアクションとなる時代が訪れつつあります。

    アウトドアブランドの「パタゴニア」は気候危機や社会問題に責任を持って取り組む企業の草分け的存在として知られています。セーターやコート、スカートなど、販売する全ての商品にリジェネレイティブな農法で作られたオーガニックコットンを使用したり、売上の1%を地球環境の保護・回復のために寄付したりと、企業の成長が地球規模の課題の解決へとつながるエコシステムを構築しています。

    2022年9月には、創業者のイヴォン・シュイナードが保有する株式の全て(全株式の98%)を環境再生に取り組む非営利団体「ホールドファスト・コレクティブ」に譲渡したことでも話題になりました。「この取り組みは、少数の富裕層と大勢の貧しい人々という構図に帰結しない、新たな形の資本主義の形成につながる」とイヴォンは『ニューヨーク・タイムズ』誌の取材にて語ります。

    また、「BEN&JERRY’S(ベン&ジェリーズ)」は、生産者に対して正当な対価を支払うフェアトレードの材料や、放牧で育てられた鶏や牛から採れた素材のみで作られたオーガニックアイスクリームを販売する会社として知られています。

    企業理念は、「アイスクリームが世界を変えることができると信じている」。気候変動、人権問題、LGBTQA+といった課題に対して企業としてのスタンスを明確に打ち出しており、アイスクリームの売上をこれらの問題に対処するための活動に利用しています。2020年にはBLM運動を受けて、「私たちは白人至上主義を解体しなくてはならない」と声明を出したことでも話題になりました。

     

    地球環境を回復する手段としての経営

    このような社会的責任を重視する企業の動きは単発的なものではなく、業界の構造を抜本的に変革する大きなムーブメントになりつつあります。

    放牧酪農や農産物の栽培を適切に行うことで、温暖化の原因ともなる炭素を吸収する健全な土壌をつくる「リジェネレイティブアグリカルチャー(環境再生農業)」は、地球規模の課題に立ち向かうために世界各国の企業や農家が実現を目指す取り組みです。

    環境破壊を引き起こした原因でもあるこれまでの農業や畜産をアップデートするべく、土壌を再生し生態系を回復する新たな農業のあり方を模索する。農業のリジェネレイティブシフトをサポートするためのツールキットやガイドライン、認証制度、テクノロジーを開発する企業も多数登場しており、気候危機の時代に合わせて企業の農業への関わり方や食を取り巻くサプライチェーンが大きく変わろうとしています。

    リジェネレイティブアグリカルチャーの分野では、、地球にも動物にも配慮した畜産のあり方として放牧が注目されている

     

    地球規模の課題を解決するためのムーブメントは、食や衣の分野だけに見られるものではありません。気候危機時代の新たな会社経営のスタイルとして注目されるのが、「自然資本経営・グリーン資本主義」です。

    わたしたちが自然を破壊するのは現行の経済システムにおいて生物や水、大気などの資源自然に価値を付与していないからだ、という考えのもとに自然資本を経営基盤として捉える企業経営スタイルです。具体的な取り組みとしては、事業が地球の自然環境にどれだけの負荷を与えているかを表示し、その量に見合った金額を環境配慮の取り組みへ投資するカーボン・オフセットが挙げられます。

    しかし、自然資本経営/グリーン資本主義に対しては課題点も指摘されています。「グリーン資本主義は民間企業が引き続き利益をあげられるような方向に世論を導こうする傾向があります」と気候危機にアプローチするシンクタンク「Common Wealth」のリサーチ ディレクターであるエイドリアン・ブラーは話します

    「社会をよくするための手段としてビジネスを活用し、地球や人々へ大きく負担をかける業界の慣習を覆そうと努力する人たちは多く存在します。ビジネスとは本来、社会的・政治的なものであるという事実をわたしたちが取り戻すことができれば、社会はより正しい方向に進んでいくのではないでしょうか」

     

    投資により社会的インパクトを生み出す

    社会をよりよい方向に導く手段としてのビジネスの力が注目されるにつれて、そのような企業を支える社会の仕組みが登場するようになりました。中でも注目されているのが「投資」と「認証制度」の取り組みです。

    社会にポジティブな影響を与えるとされる企業の支援を目的とするのが「ESG投資」と「インパクト投資」です。ESG投資はリスク・リターンを最適化するために、従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮します。対して、インパクト投資はポジティブで測定可能な社会的および環境的インパクトを同時に生み出すことを目指し、事業の社会面・環境面の効果を評価します。2020年時点で世界におけるESG投資額は35.3兆ドル、インパクト投資額は4,040億ドルとなっており、今後もさらなる拡大が予測されています。

    インパクト投資の父と呼ばれるベンチャーキャピタリストであるロナルド・コーエンはインパクト投資の意義は、社会へとアプローチする企業を支援すると同時にインパクトを創出する新たな企業を登場させることにあると語ります

    「ベンチャーキャピタルに入った当時、私には社会に役立つことをしている意識がありました。しかし、平凡な出身の人々を支援し、会社や地域社会を豊かにしてきたにもかかわらず、富裕層と貧困層の格差は広がります。世界をより良くするために金融ができることは、企業が社会に与えるインパクトに関する数値を誰もが把握できるようにすることです。そうすればトップを目指す競争が生まれます」

     

    地球規模の課題を解決に導くための認証制度

    次に紹介するのが、第三者機関の認証により企業の事業や商品への信頼性を担保する認証制度です。

    放牧を基盤とした動物福祉、労働者に対する公平性、土壌の健康と土地の管理に対する厳しい要件を含む包括的な農業認証である「リジェネラティブ・オーガニック認証」や、森林環境や動植物を守り、適切に管理された森林の樹木や適切だと認められたリサイクル資源で作られた紙・木材製品につけられる「FSC(Forest Stewardship Council)認証」を始めとして、多様な認証制度が実用化されています。

    なかでも世界的な注目度が高いのが「B Corp」と呼ばれる認証制度です。社会的責任を果たす企業における最上級の認証とも言われており、2023年時点で約5000社が認証を受けています。

    ファーメンステーションのオフィスでは未利用資源を発酵させる研究が行われている

    B Corpは、スニーカー・ブランド「AND 1(アンドワン)」を立ち上げた敏腕経営者ジェイ・コーエン・ギルバートとバート・ホウラハンの苦悩からはじまりました。社会責任に重きを置く企業として始まったAND 1は、約300億円規模の会社に成長したものの、公益よりも株主の利益を優先する仕組みにより、会社の売却後は創業者の思惑に反するものとなりました。その経験を踏まえて立ち上げたのが、株主や消費者だけに留まらず活動に関わる全てのステークホルダーへの貢献をめざす企業を認証する非営利団体「B Lab」です。

    「当時、フェアトレード、オーガニック、LEED(環境性能評価システム)など、商品を認証する制度が点在していたけれど、企業のあり方を認証する制度はなかった。そこにあった原材料を調理して、企業のシステムをつくった」とジェイは『WIRED』日本版のインタビューにて語っています

     

    社会を変えたいという熱気を持ったコミュニティ

    日本でもいち早くB Corpを取得した企業として知られるのが株式会社ファーメンステーションです。「発酵技術で循環型社会をつくることを目指す」ことをビジョンに掲げ、規格外のコメやリンゴといった未利用資源を発酵させることで、化粧品や衛生用品に使われるエタノールを生産しています。また、発酵の過程で残った粕は鶏・牛の餌に活用しており、ごみを出さない未利用資源の循環をつくります。

    ファーメンステーションCEOの酒井里奈さんはB Corpの取得について、「創業以来、社会性と事業性の両立を掲げてきたため、スムーズに進めることができた」と話します。B Corpを取得するためには、調査書「B Impact Assessment」に基づき、ガバナンス、従業員、環境、顧客、コミュニティという5つの項目からなる200の質問に答える必要があります。

    「B Corpの取得期間は、未利用資源の市場開拓に向けた会社の変革期でもありました。B Corpの5つの指標をチェックシートのように使い、会社の制度やビジョンを設定していくことに大きな意義があったと感じています」

    ファーメンステーション代表取締役の酒井里奈さん

     

    2022年時点では日本の取得企業は20社に留まるB Corpですが、酒井さんは取得のメリットについて次のように語ります。

    「海外企業とやり取りする際に真っ先に聞かれるのはエタノールがオーガニックな素材からできているかどうかです。価格感や品質よりまず先に環境に配慮しているかを尋ねられる。そのときにB Corp取得としていると言えば、同じ未来を見つめる会社として意気投合できることもしばしばです」

    酒井さんはB Corpコミュニティの熱量には圧倒されると言葉を続けます。

    「B Corpにはオンライン/オフラインで交流できるコミュニティがあるのですが、そこからは業界を変えようという強い信念を感じます。私もイベントや会議に出席したことがあるのですが、そこでは社会をよくするために業界として何ができるのか、を夜通し議論し続けているんです」

    B Corpコミュニティでは、認証自体をどのように改善すべきかという議論も行われています。オープンソースに近いかたちで認証が運用されており、2024年にはコミュニティでの議論を踏まえて、認証基準改定が予定されています。社会を変えるコミュニティに参加するためのチケットとして、認証制度が機能しているのが特徴的です。

     

    「知る楽しさ」から世界を変える

    社会性と事業性の両立を目指す企業が増えていくためには、という問いに対して、酒井さんは「知る楽しさ」から始めるのがいいのではないかと語ります。

    「B Corpを取得している私たちのような企業が成功事例をつくることは大切だと思います。同時に、きっかけはもっと手触り感のあることでいいかなとも思います。ファーメンステーションを経営するなかで、お米の作り方を知ったり、豚や牛の肥育と繁殖の現場を見たり、発酵について学んだりすることがすごく楽しかったんです。全球的な視点から私たちの生活を見つめ直す楽しさを知れば自然に体が動くはず──。そんな小さなアクションが社会をよくするための第一歩ではないでしょうか」

    GRAZE GATHERINGでも情報を発信する上で大切にしているのは、科学的な知識を単に伝えるのではなく、手触り感のある感覚や生活との接点を感じながら生活とリジェネレイティブの接点を理解してもらうことです。放牧で作られた牛乳を味わってみる。農業の現場に足を踏み入れてみる。一人ひとりのそんな小さなアクションの積み重ねが、世界を変えるような大きな取り組みへと繋がっていくのではないでしょうか。

    認証企業はB Corpのロゴを規約内で自由に利用できる

     

    出典

    ライアン・ハニーマン『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』

    エイドリアン・ブラー『The Value of a Whale: On the Illusions of Green Capitalism』

    ロナルド・コーエン『インパクト投資 社会を良くする資本主義を目指して』

     

    PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

    TEXT BY KAI KOJIMA