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人と自然の接点をつくる「未来の農場」はここから生まれる。「再野生化」と「環境再生型農業」が導く、農業のスタンダード

    リジェネレイティブアグリカルチャーを牽引する世界各国の企業を紹介し、その実践の最前線を伝えていく連載「The Regenerative Company」第五回は、再生型農業と再野生化プロジェクトの融合を目指し、使われなくなった牧草地を農場へと生まれ変わらせるKneppについて。

    本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「GG MAGAZINE」からの転載になります。

     

    2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。

     

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    https://www.utopiaagriculture.com/products/graze-gathering/

    ロンドンから80kmほど南下した場所にあるイングランド南部の州、ウェストサセックス。ここに、絶滅危惧種の鳥やチョウが飛び交い、馬や鹿、ブタが群れを成して生息する3,500エーカーの広大な土地があります。東京都墨田区をしのぐ広さを誇るこの「Knepp Wildland」は、もともと農地だった場所を20年足らずで自然に戻す野生化プロジェクトを成功させ、世界の研究者たちを驚かせました。

    そして2022年、今度はこのKnepp Wildlandの隣の土地で、使われなくなった牧草地を農地に変えるプロジェクトが始まりました。その目的は、再生型農業と再野生化プロジェクトの融合です。

    経営危機から、再野生化の実験フィールドへ

    Knepp Wildlandには、絶滅の危機に瀕したナイチンゲールやコキジバト、イリスコムラサキが羽ばたき、野生種に近い馬や鹿、ブタ、牛も放され生活しています。最近では試験的にビーバーやコウノトリも放され、野生での繁殖も試みられています。

    イギリスやヨーロッパでは珍しくなった種も多く暮らすKnepp Wildlandは、研究者たちにとっても貴重な調査の場です。さらに、サファリツアーやグランピングなどの提供により、自然と人々をつなぐ役割も果たしています。

    こうした取り組みは、チャールズ・バレル卿が1980年代に祖父母から3,500エーカーの土地を受け継いだことから始まりました。バレル家は代々準男爵の称号を受け継ぐ家系で、その土地は長く農場として使われていました。バレルと妻のイザベラ・トゥリーも、初めの17年は大型の農業機械を導入したり、オリジナルの商品をつくったり、試行錯誤をしながら耕作と酪農を行なっていたといいます。

    しかし、経営状況は厳しく、近代的な集約農業に向かない粘土質の土壌やグローバル化による価格競争なども重なり窮地に追い込まれます。そこで2000年2月、夫妻は思い切って農家を廃業。乳牛の群れと農業用の機械はすべて売却し、耕作地は契約農家に売り、多額の負債の返済にあてました。

    転機は2002年。夫妻のもとを、イギリスで最も有名な木の専門家のひとりであるテッド・グリーンが訪れました。グリーンは、夫妻の土地に根を張っているオークの重要性を説きます。彼が特に嘆いていたのは、イギリスで深刻化するオークの減少が生物多様性に悪影響を与えていることだったからです。

    さらに、当時イギリス政府は「イギリス全土の農地の間協定価値を高める」ことを目的としたカントリーサイド・スチュワードシップ事業を制定し、庭園復元プロジェクトの協力者を募っていました。こうした偶然が重なり、夫妻は土地の耕作を止め、自然の回復に力を入れ始めました。

    2010年には「サセックスのロー・ウィールドに生物多様性のある原生地域をつくる」という構想が行政の承認を受け、土地の全面的な再野生化が始まります。集約農業によって死に瀕していた土地に、絶滅危惧種が再び羽ばたくようになるまでの紆余曲折のプロセスは、トゥリーが著書『英国貴族、領地を野生に戻す―野生動物の復活と自然の大遷移』〈築地書館〉に詳しく綴っています。

     Knepp Wildlandと関係し合う再生型農業

    一度は農業という生業を手放したバレル夫妻。しかし2022年、ふたりは再び原点へと回帰しました。Knepp Wildlandに隣接し、もともと羊の放牧地として使われていた370エーカー(東京ドーム32個分)の土地を、再生型農業を実践する農場へと生まれ変わらせるプロジェクトを始めたのです。

    現在農場で暮らしているのは、数十頭のサセックス牛たち。動物が自由に移動できるKnepp Wildlandと違い、農場は電気フェンスによって4区画に区切られ、牛たちは1箇所の草を3分の1ほど食べたら次の区画へと移動します。このローテーションによって、土地と植物を休ませ土壌を回復するのです。牛の管理にはノルウェーの会社NoFenceが開発したGPS付きの首輪が試験的に導入され、首輪から出る音声だけで牛を管理できるようにするといいます。

    さらに2年後には、生まれたての子牛を生後9カ月の離乳期まで母親と育てる「カーフ・アット・フット」という酪農も始まる予定です。また、放牧地には約70羽のニワトリが離され、野菜も育てられています。

    再生型農業を実践するほかの農場とKneppの農場の最大の違いは、隣に多くの野生動物が暮らすKnepp Wildlandがあることでしょう。バレル夫妻はその相乗効果に期待を寄せ、さまざまな工夫を施しました。

    例えば、農場を仕切る低木の生け垣はKnepp Wildlandから移動してくる野生の動物たちの住処になるよう、なるべく大きく成長させるといいます。また、農場内の枯れ木や農場内の沼地はあえて取り除かず、自然のままに放置することで生物のすみかや土地の栄養分とします。「(Wildlandと農場という)まったく異なる管理体制下にあるふたつの敷地が、自然回復のためにどう相互に影響を与えあうかを示そうとしているのです」。このように、バレル夫妻の出資を受けて農場を経営するラス・キャリントンは話します

    これらの施策の効果は、5年ごとの綿密な調査によって検証されます。土壌、生き物の個体数、水、大気などさまざまなデータが収集され、本当に「再生」しているかを調べるのです。さらに詳細なデータを集めるため、バレルは将来的に空気中から採取する生物由来のDNA(環境DNA、eDNA)の活用にも期待を寄せています。空気中からの環境DNAの採取は、2022年1月にいくつかの研究チームが実験に成功したばかりの技術です。

    再生型農業は合理的だ

    Knepp WIldlandがサファリツアーやグランピングによって一般の人々と自然を結びつける試みをしているように、農場もまた人と自然の接点をつくろうとしています。2022年後半には、農場の生産物と地元の食材を提供するファームショップやカフェがオープン予定。また、牛の糞尿を利用したマーケットガーデンも開設されます。さらに、農場での試みを知ってもらうため、Kneppでは農場ツアーも定期的におこなっています。

    このプロジェクトのビジョンは、地域やより広い社会に複数の『公共財』を提供することにあります」と、キャリントンは話します。「健康な食品はもちろん、良い土壌やきれいな水と空気、野生動物の生息地、そして気候変動と戦うための炭素貯留なども含まれます」

    この20年の地球環境の変化で、イギリスの農家は気候や生物多様性のための農業について考えざるを得ず、再生型農業がイギリスの農業のスタンダードになるというのがバレルの意見です。「取り組まないほうがおかしいのです。再生型農業は完全に理にかなっているのですから」と、彼はガーディアン紙の取材に答えています。「(普通の農業は)土地を耕すたびに生き物の世界をひっくり返してゼロからやりなおすことになります。これを続ければ、すべて殺してしまうでしょう。そう考えると、再生型農業は合理的なのです」