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VOL.8 化学肥料を減らせる?植物と微生物の戦略を知る

    こんにちは。前回は、森林と放牧地における、炭素循環についてお話ししました。今回は、植物の生長と微生物の関係についてお話ししたいと思います。

    植物の生長と肥料と微生物

    作物を育てるときには、現代では化学肥料をまくことが多いです。家庭菜園用にホームセンターに売っている、「チッソ リンサン カリ」と書かれた大きな袋を見たことがある方もいるのではないでしょうか。

    この、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)は、植物が生きるために必要量が多い栄養素であり、土の中で不足することが多いです。畑では、化学肥料を土に足すことで、作物の成長を補助しています。

    これらの栄養素が不足しやすいのは、畑だけではなく、自然環境下でも同じです。

    それでは自然状態の植物は、どのようにこれらの栄養素を吸収しているのでしょうか?

    カギとなるのは、土壌中の微生物です。本記事では、植物が窒素、リン、カリウムそれぞれを得る際の、微生物のはたらきとその利用をご紹介します。

    1.窒素と根粒菌

    窒素は、植物や動物の身体をつくるタンパク質に欠かせない成分です。窒素ガスは大気の約78%を占めていますが、植物や動物はこの窒素を直接体に取り込むことができません。

    一般的に植物は、硝酸態窒素やアンモニア態窒素などの、水に溶ける形で土壌に存在している窒素を根から吸収します。微生物や動植物の、分泌・排泄物や遺体が土の中で分解されることで、植物が使える窒素が少しずつ生まれていきます。

    一方、一部の、ダイズなどのマメ科植物には、特別な戦略があります。彼らは、大気中の窒素ガスを水に溶ける窒素に変えられる微生物と共生することで、窒素を得ることができます。この微生物は、植物根に根粒という小さなコブを作って共生するため、根粒菌と呼ばれています。根粒を通して、根粒菌は窒素を植物に送る代わりに、植物から生きるためのエネルギーを受け取っています。

    クローバーの根と根粒

    2.リンとアーバスキュラー菌根菌(AM菌)

    リンは、DNAなどをつくるのに必須な元素です。自然の土壌では、鉱物や微生物や動植物の遺体などに含まれており、植物はこれらから分解され水に溶けるかたちになったリンを根から吸収します。

    リンは土壌中での移動が遅いため、植物の根の周りだけリンが欠乏し吸収できなくなる、ということが起こります。この時に、活躍するのがアーバスキュラー菌根菌(AM菌)という菌です。

    AM菌はカビやキノコのなかまの真菌です。マメ科など一部の植物としか共生しない根粒菌とは違い、多くの陸上植物はAM菌と共生しています。

    AM菌は、植物根の延長のような形で菌根(きんこん)を作り、植物根が届かない広い範囲からリンを吸収し、植物に供給します。代わりに、生きるためのエネルギーを植物から得ています。

    3.カリウム

    カリウムは、植物体内の様々な生化学反応にかかわっています。窒素やリンと同じく、植物は土壌中の水に溶けているカリウムを根から吸収します。

    植物のカリウム獲得において、根粒菌や菌根菌のような、微生物との直接的な共生は知られていません。しかし、土壌微生物の体自体が水に溶けやすいカリウムをためており、その遺体は植物の重要な養分になることが知られています。

    化学肥料を減らす?微生物の農業活用

    化学肥料は便利な一方で、環境と資源に関する様々な課題を抱えています。

    2014年には、世界の食料生産に投入される窒素の約47%しか実際には食料になっていないという報告(※1)がされており、過剰な窒素は水質汚染や温室効果ガスの排出につながっています。

    また、化学肥料のもととなるリン鉱石には限りがあり、今後数十年で枯渇するといわれています。リン肥料の価格が世界的に高騰し、一部の豊かな国や企業だけが使用できるようになると、リンを使えない土地での土壌の劣化が進むことも指摘されています(※2)。

    更に、肥料を工業的に作り輸送する過程でも、多くの化石燃料が使われています。

    このような課題に取り組むために、今回ご紹介したような微生物と植物の共生を、農業で活用するための研究が進んでいます。例えば、マメ科の植物を緑肥として利用したり、AM菌を資材として投入することで、生産量を保ちながら化学肥料を減らすことができます。

    化学肥料や農薬を使わない農業は有機農業と呼ばれています。近年の有機農業は、土壌微生物だけではなく、植物の栄養や生態系に関する最新の研究を取り入れて発展しています。

    化学肥料を使う方法と比べて低収量になると思われがちな有機農業ですが、有機質肥料を使いながらも作物収量と品質を向上させる農法が、農家の方が中心となり研究され、実践されています(※3)。また、土地の特性を生かして生態系を管理し無施肥で作物生産を行う農法の研究と実践(※4)が街中で行われています。今後このような取り組みが各地で増えていくことで、私たちは将来、より持続的な食を選べるようになるかもしれません。

    どんなものを、どのタイミングで、どんなふうに投入し、どんな介入をすれば、自然の力を最大限利用して必要な食資源を得られるのか、そして、それを行うには、どのような社会システムが必要なのかを、私たちは研究し、実践していきます。

     


    ※1 LASSALETTA, Luis, et al. 50 year trends in nitrogen use efficiency of world cropping systems: the relationship between yield and nitrogen input to cropland. Environmental Research Letters, 2014, 9.10: 105011.

    ※2 ALEWELL, Christine, et al. Global phosphorus shortage will be aggravated by soil erosion. Nature communications, 2020, 11.1: 1-12.

    ※3 一般社団法人 日本有機農業普及協会

    ※4 生態系を創る「協生農法」とは?ソニーCSLが六本木ヒルズで実証実験

     

    参考

    南澤究; 包智華; 板倉学. 作物根圏における窒素と微生物の相互作用 (シンポジウム 「微生物の機能を環境にやさしい作物生産に活かす」). 土と微生物, 2013, 67.2: 49-53.(https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030872983.pdf

    平成28年度農研機構シンポジウム「菌根:リン酸肥料を減らせる根の秘密」アーバスキュラー菌根菌とは(https://www.naro.go.jp/project/research_activities/files/2AM-AM.pdf

    浅川晋; 山下昂平. 植物へのカリウム供給源としての土壌微生物バイオマス. 化学と生物, 2017, 55.7: 444-445.(ttps://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/55/7/55_444/_pdf