人と自然をつなぐ「レストラン」が、持続可能な未来をつくる
レストランは、私たちに食事のおいしさや楽しさを教えてくれる存在です。生涯忘れられないような美食に出会ったり、シェフやスタッフから食材の背景にあるストーリーを聞いたり、普段は持ちにくい自然との接点が生まれたりと、レストランで心に刻まれる経験をした方も多いのではないでしょうか。
そんなレストランにおいて新たな潮流として注目されているのが、地球環境や地域社会にポジティブな影響を与える「リジェネレイティブ・レストラン」です。環境負荷や生態系を考慮した食の選択をしたり、環境再生に取り組む生産者を支援したりと、食を取り巻く環境全体を考慮することで「地球・動物・人の豊かさ」を追求する経営スタイルを指します。
今回は、そんなリジェネレイティブなレストランの取り組みを紹介しながら、3つの視点から気候変動の時代におけるレストランやシェフのあり方を考えていきます。
本記事は、ユートピアアグリカルチャーが提供する、美味しさと情報を届ける定期便「GRAZE GATHERING」に同封される冊子「UA JOURNAL」からの転載になります。
2022年5月から開始した「GRAZE GATHERING」はリジェネレイティブな放牧の可能性を伝え、共に考えていく取り組みです。4週に1度、2,280円(+送料)でユートピアアグリカルチャーが育てた新鮮な素材(放牧牛乳800ml,放牧牛乳ヨーグルト800ml,平飼いの卵8個入×2パック)と、地球と動物と人のより良い環境作りを目指す活動の報告、リジェネレイティブアグリカルチャーに関するコンテンツ記事をお届けします。
▷GRAZE GATHERINGの詳細・お申し込みはこちらから
食文化を“耕す”レストランの役割
まず紹介するのが「食文化」の視点です。気候変動や食糧問題がますます深刻化するなかで、「豊かな食文化」と「持続可能な食」を両立することはできるのでしょうか。また、食文化の未来に向けてレストランはどのようなアクションを取れるのでしょうか。
2019年に京都でオープンした「LURRA˚」は、日本各地に残る固有の食文化を読み解くことで、未来の食文化を“耕す”レストランです。「季節と文化のショーケース」をテーマにしており、固定のメニューを設けずに、その日に手に入れることのできる食材からメニューを組み立てています。
LURRA°ではその時期だからこそ取れる食材を利用したメニューを展開。日本の独自の季節感や文化を料理において表現している。PHOTOGRAPH BY LURRA°
共同オーナーである宮下拓己さんは、LURRA˚の取り組みは「未来のためのアクション」だと語っています。土地や季節に根付いた食材を使った料理を提供することで、日本の自然や文化の豊かさを伝える。知的好奇心を揺さぶるようなイノベーティブな料理を通じて、食文化の新たな可能性を探求する。身の回りにある食材を活用することで、輸送や加工プロセスで発生する環境コスト削減を目指す。これら全ては「食の未来」を切り開くための実践です。
「食の未来」に向けて、いまシェフにできること
「自然へと寄り添う姿勢」を大切にしているレストランは、LURRA˚だけに限りません。「Chefs for the Blue」は「100年経っても、豊かな海を」を掲げて立ち上がった料理人チームです。東京にて活躍するシェフとフードジャーナリスト約30人が活動に参加しています。
自然の再生産能力を越えた過剰漁獲の影響で多様性が失われつつある日本の海。現状を変えていくためには、生態系に配慮した漁業を行うことはもちろんのこと、同時に消費者や飲食店、流通業も含めた社会が現状をきちんと理解し、サステナブルな取り組みを支持し、ともに産業を支えていくことが不可欠なはず──。
そんな想いからChefs for the Blueでは、サステナブルな海と食文化を実現するための勉強会や企業との協業、イベントなどを展開しています。
また、本団体の加盟店は一連の活動で得られた知見を活かし、海の未来のための活動を行っています。たとえば、5年連続ミシュラン一つ星のフレンチレストラン「La Paix」が手掛ける日本料理店「平ちゃん」では、環境や人権に関する国際基準をクリアした養殖事業者による「ASC認証魚」を料理に使用。害獣として駆除される野生動物をシェフ自ら狩りジビエ料理を提供する「LATURE」が展開するベーカリー「Monica」では、海や陸の生態系に考慮した食材の選択を行っています。
レストランの持つ生産者との多様なつながりを活用しながら、業界全体の未来を眼差していく──。業界のリジェネレイティブな転換を推進する存在としてレストランやシェフが注目されています。
リジェネレイティブアグリカルチャーへの転換を目指す
生江さんのようにシェフ自らが実践者となり、食の未来に向けて活動するケースは他にもあります。
1973年に誕生した銀座のフランス料理店「L’OSIER」は、ミシュランガイドにおいて4年連続で3つ星を受賞し、グリーンスターも獲得したレストランです。美しい環境を守らなければ、美しい食材を得ることができず、美しい食文化も次世代に残せないという危機感のもとに、日本各地の環境保護に取り組む生産者のもとからの食材を利用したり、リサイクルからのキッチン用品を使用したりと、数々の取り組みを実施しています。
L’OSIER では「美しい食文化」を守るべく、環境に優しい素材を 利用したメニューを展開。PHOTOGRAPH BY L’OSIER
なかでも特徴的なのは、エグゼクティブシェフのオリヴィエ・シェニョンシェフ氏が自ら生産地を訪れて「マイクロバイオータ農法」という環境再生型農業(リジェネレイティブアグリカルチャー)の普及活動を行っている点です。マイクロバイオータ農法とは土壌微生物の豊かな生態系を実現することで、化学肥料や農薬なしの有機農業を実現するアプローチです。土壌微生物の活性を促す乳酸菌をブレンドした「アクアビオータ(Aquabiota)」を撒き、適切な管理を行うことで、土壌の活性化を促すとされています。
ユートピアアグリカルチャーでも、L’OSIERとは科学的なアプローチの差異はあるものの、環境再生型農業の実践を通じた持続可能なお菓子作りのビジネスモデルの構築を目指しています。放牧した牛のふん尿が土壌へと混ざることで、メタンガスやCO2などの温室効果ガスを吸収できる豊かな土壌をつくる。また、放牧酪農によって作られた食材を用いた美味しいお菓子を販売し、その資金を環境再生型農業の実験に投資する。実現したいのは、のびのびと牛が育ち、土壌が回復し、おいしいお菓子が生まれる循環です。
UA の運営する放牧牧場では、環境再生型農業の実証実験を行っている。
気候変動や食糧危機といった問題は解決の重要性を理解しながらも、そのスケールの大きさから、どこか他人事のように思えてしまう側面があります。だからこそ、レストランという接点が人と自然をつなぎ、「食べる」という行為を通じて環境問題や食文化、地球の生態系を身近に感じてもらうことが、リジェネレイティブな未来の実現に向けて欠かせなくなっていくでしょう。